HODGE'S PARROT

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人は学者によって、強姦者によって、サディストによって……劣等感を教えこまれる



アンドレア・ドウォーキンAndrea Dworkin、1946 – 2005)の主著『インターコース 性的行為の政治学』よりメモしておきたい。他者のアイデンティティの破壊(追放)と、それに乗じた──むしろそれゆえに──「性的特色」の〈ねじ込み〉の暴力性を論じた部分である。

人種ゆえに価値を奪われるという喪失感は、安部公房の『他人の顔』に出て来る顔のない男にも見られる。彼はテレビでハーレムの黒人暴動を見ながら、「ぼくのような顔を失くした男女が、数千人も、一緒に集まった」光景を目にする。彼は自分をハーレムの黒人と同一視するし、さらに、日本ではしばしば差別され、低劣な人種と見なされている朝鮮人とも同一視する。日本人とは異なる顔の朝鮮人は、まるで顔を持っていないかのように扱われている。彼は意識的には認識しないまま、朝鮮人が「しばしば偏見の対象にされる」ために、「知らずに親近感をおぼえ」るようになっていた。

ここで、顔を失うことによる追放は、アジア世界で長い間憎まれていた帝国主義者の日本人が、朝鮮人の価値を貶めていることに比せられている。
実際、劣等性は追放である。顔を持たないことは、個別性、アイデンティティ、帰属からの追放であるのだから、追放の完璧な象徴になる。顔が奪い取られたあと、その残された部分に性的特色を塗りこめることは、劣等とされた人間が屈せずに保持していたであろうアイデンティティを破壊し尽くす。


人種的な蔑みを正当化し、人種的に蔑まれる人びとを顔なし状態に留め置く際には、ほとんどいつも、人種自体に価値の優劣があり得るという生物学的事実なるものを提供する科学者たち──医者や研究者──が、それに加担している。体は性的特質を負うものであるが、科学者はその体の中に、価値の階級差を正当化する性的証拠を発見する。
例えば、セオドア・ヴァン・デ・ヴェルデ博士は、科学的な性の手引書『完全なる結婚』で、次のように述べている。「東洋人の精液のにおいは、白人種の西欧人のものより刺激性が強くて臭い。健康な西欧人種の若者の精液は、新鮮で爽快なにおいがする。成熟した男性においては、このにおいはもっと強くなる」。


人種と性に関する生物学的に根拠づけられた事実なるものを述べたてる科学者たちは、劣等性を押しつける強力な社会システムの中でも、どうにかして潰されずに残っているかもしれない正当な聖域──平等であらゆる人間の中に存在し、個人の自尊心を培う聖域──を、すべて取り除いてしまうのである。

人は学者によって、強姦者によって、サディストによって、拷問者によって、殺人者によって、劣等性を教えこまれる。





アンドレア・ドウォーキン『インターコース 性的行為の政治学』(寺沢みずほ 訳、青土社) p.304-305 *1


アンドレア・ドゥオーキンに関する資料的な情報は以下の「Andrea Dworkin Website」で。

イラク戦争における「拷問とポルノグラフィー」についての英『Guardian』の記事。

However much the American secretary for state may wish to discourage the use of the word "torture", there is no other word that can describe these acts. In torture and other extreme forms of abuse, the infliction of pain and shame does not necessarily aim at extracting information. Beatings, humiliating rites and verbal insults are often used to make prisoners describe acts or reveal names already known to the police or military. Often, the questions are of little practical value to the torturers and the regime. The redundant interrogations are frequently accompanied by the demand that prisoners sign a document, declaring that they have seen the errors of their ways. The apparent futility of these demands indicates the nature of the torturers' enterprise. They want to destroy the victim's sense of identity.

安部公房の『他人の顔』について書いた以前のエントリーより。

『他人の顔』は、安部公房の原作・脚本、勅使河原宏監督による映画で、1966年に製作された。片山杜秀氏は解説で、次のように書く。

事故で顔を潰した男が医師から生身の顔そっくりの仮面を与えられる物語で、安部と勅使河原のコンビは明らかに、顔をなくした男に無個性と化しニヒリズムに陥る現代人、仮面を与える医師にそんな現代人を支配し操作しようとするファシストを重ね合わせている。何しろ、医師の診察室にヒトラーの演説の録音が密かに流れていたりするのである。安部と勅使河原は全体主義の再来の可能性に警鐘を打ち鳴らそうとしたわけだ。


http://d.hatena.ne.jp/HODGE/20060709/p1

──戦争、まだ当分、始まりそうもないわね。

しかし、その娘の調子には、他人を呪うような調子はみじんもない。べつに、無傷な連中への復讐をねがって、そんなことを言い出したわけではないらしいのだ。ただ、戦争が始まれば、一挙に事物の価値基準が顛覆し、顔よりも胃袋が、外形よりも生命そのものが、はるかに人々の関心の的になるはずだと、素朴な期待をよせているだけらしいのだ。答える兄の方も、その辺りの呼吸はよく了解しているらしく、ごく淡々と調子を合わせ、

──うん、当分はね……しかし、明日のことは、天気予報だって、ろくすっぽ当てには出来ないからな。

──そうね、明日のことが、そう簡単にわかるくらいなら、易者なんていう商売、成り立たなくなってしまう。

──そうさ、戦争にしても、なんにしても、たいていは始まってしまってから、やっと始まったことに気付くものさ。

──本当にそうね。怪我だって、怪我するまえに分かっていたりしたら、怪我なんかになりっこないんだから……。





安部公房『他人の顔』(新潮文庫)p.277-288



[関連エントリー]

*1:

インターコース―性的行為の政治学

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