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ペンデレツキ《ルカ受難曲》



Penderecki: St.Lukes Passion

Penderecki: St.Lukes Passion

ペンデレツキ:ルカ受難曲

ペンデレツキ:ルカ受難曲


聖週間・受難週ということで、ポーランドの作曲家クシシュトフ・ペンデレツキ(Krzysztof Penderecki、b.1933 -)の《ルカ受難曲 St Luke Passion》を聴いた。正式タイトルは《聖ルカ伝による主イエス・キリストの受難と死、Passio et Mors Domini Nostri Jesu Christi Secundum Lucam》。1966年に初演された。
ディスクは二枚持っている──そして多分、この二枚が手に入りやすいと思う、値段的にも。
argo 盤は、作曲者ペンデレツキ自身の指揮&ポーランド国立放送交響楽団他。NAXOS 盤はアントニ・ヴィト指揮&ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団他(この NAXOS盤で福音史家を担当しているクシシュトフ・コルベルガー/Krzysztof Kolberger はポーランドの著名な俳優で、アンジェイ・ワイダやクシシュトフ・ザヌッシ/Krzysztof Zanussi、Jan Łomnicki らの映画にも出演したことがあるのだという)。
また、上記の argo 盤は輸入盤であるが、同じ音源がタワーレコードの VINTAGE COLLECTION より国内版として出ており、白石美雪氏による日本語解説・対訳付き。NAXOS 盤は録音が2002年と新しく、テイク(インデックス)も各アリア、合唱、語りごとに細かく分かれているので、初めて聴くときなんかに、今どのシーンが演奏されているのか確認しやすい(argo盤では部分ごと、4つのインデックスしかない)。なので両方持ってるといいかもね。


で、この音楽。タイトルは《ルカ受難曲》であるが、テキストは、ルカによる福音書だけではなく、賛美歌や詩篇、エレミアの哀歌、そしてヨハネによる福音書からも採られている。ただし全編ラテン語(一部ギリシア語)で歌い・語られる。解説によれば、ラテン語ギリシャ語によって、作曲者は「時代や宗派を超越した普遍性」をめざしたのだという。ペンデレツキはカトリック教徒である。

曲は、いきなり、合唱が「おお、十字架よ」と歌い、オルガンと管弦楽の大音響が地響きのように響き渡る。受難曲(passion)というと、ヨハン・セバスティアン・バッハのマタイ&ヨハネ受難曲を思い浮かべるし、実際ペンデレツキの《ルカ受難曲》はバッハの作品と構成が似ているのだが、そこは現代音楽作曲者による宗教曲だ。トーン・クラスターや楽器・合唱の特殊奏法といった前衛的な手法が随所に現れる。大編成の打楽器が鳴らされ、合唱もときに叫ぶ。その壮絶な音響には、悲痛さを通り越して、なんだか『エクソシスト』や『オーメン』の音楽を彷彿させる禍々しさがある(実際、ペンデレツキの《ポリモルフィア(多重人格)》や《オーケストラとテープのためのカノン》は映画『エクソシスト』で使用された)。大。その一方で、調性的な調和のとれた響きと、美しく感動的なアリアも用意されている。とくに「悲しみの聖母」(スターバト・マーテル)のア・カペラ合唱は、神秘的なまでに美しい。


ところで、解説によれば(argo盤、NAXOS盤ともに)、ペンデレツキが《ルカ受難曲》(あるいはそれに先立つ「スターバト・マーテル」)を発表したとき、賛否両論を巻き起こし、良くも悪くも大きな話題になったのだという。それは、前衛作曲家が宗教曲を書き、調性的な響きをあえて採用したことによる。だが、そもそも、当時の社会主義国ポーランドで宗教曲を書くという行為には、どのような意味があったのだろうか──後に《ルカ受難曲》に組み込まれた「スターバト・マーテル」は、第二次世界大戦後、ポーランドで初めて信仰を表明した「画期的な音楽」だったのだという。しかしそのことは楽譜を読んだだけでは、わからないかもしれない。楽譜に記された音──音高、音価、強度──だけでは、その意味は読み取れないかもしれない。だとしたら、その場合に、本当にラディカルなのは、楽譜に書かれた音なのか。それとも「宗教曲を書くこと」なのか。音楽は「楽譜に書かれてあることだけ」で完結しているものなのか。作曲者が作品に込めた「意図」(意味)を参照せず、作曲者の置かれた状況も考慮しないで、楽譜から読み取れる情報=技法だけで、共産主義国家において「宗教曲を書くこと」のラディカルさが、どれほど理解できるのだろうか(ついでに言えば、ペンデレツキのもう一つの代表作《広島の犠牲者に捧げる哀歌》において、冷戦下におけるソビエトの衛星国では「ヒロシマ」という言葉は、楽譜に書かれた音・作曲技法以上に、どのような響きがあったのだろうか)。


そういえば、上記にも書いたように、このペンデレツキの作品は《ルカ受難曲》なのに、ヨハネによる福音書からテキストが採られているシーンがある。なぜ、ここは、ヨハネなのか? ひとりの聴衆として、そのことがとても気になる。その部分を僕の持っている新共同訳聖書から引用しておきたい。

イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母親を自分の家に引き取った。




ヨハネによる福音書 19.25-27