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パスカル・デュサパン『作曲のパラドックス』



フランスの作曲家パスカル・デュサパン(Pascal Dusapin、b.1955)による『作曲のパラドックス』を読んだ(再読)。この本は、以前も書いたように、コレ―ジュ・ドゥ・フランスの開講講義の講義録で、このときデュサパンはコレ―ジュ・ドゥ・フランスの教壇に立ったピエール・ブーレーズに続く二人目の作曲家であった。
Amazon とかには出ていないが、こちらで直接取り寄せるか、一部のセレクトショップで手に入れることができる。僕は Bunkamura にあるナディッフ・モダン/NADiff modernで購入した。


デュサパンは、この講義で、まず建築について話す。パリ大学第一でヤニス・クセナキス──クセナキスは技術者としてル・コルビュジエに協力した──の知遇を得たデュサパンは、建築に関する多くのことを、このギリシアの現代音楽家と語り合った。また、デュサパンの二人の兄弟も建築家であった。
建築の方法が、作曲の方法に結びつく──どのように高音のメロディラインをより低い音に移行するのか、複合した音のアンサンブルのなかに、どのようにべつのラインを組み合わせるのか、交響的マスから、どのように楽器を浮き上がらせるのか、あるリズミカルな「流れ」を、どのように別のものへと移行させるのか、速度を速めながら、どのようにオーケストラレーションのヴォリュームを減少させるのか、伴奏楽器群の和声的ヴォリュームを減少させながら、どのようにラインを厚くするのか、どのように「アングル」を変化させるか……。
建築家がフォルムやコンポジションの問題に取り組む方法を観察すること──それがデュサパンの作曲家としての問題を解く手がかりになった。

そんなデュサパンであるが、このコレ―ジュ・ド・フランスの講義では、パラドキシカルなことを述べる。音楽を創造するためには、しばしば「つくられつつある」ものについて何も知らない必要があるのだ、と──デュサパンは音楽を語ることはナンセンスだとさえ言う(だから音楽について語るはずの「この講義」の参加者たちに彼は詫びる)。
〈それ〉を語る能力不足によって、それについて話すのです……

しかし音楽の話をすることは、なにしろ主題が逃げていってしまうのですから、さらに深い闇のなかへ沈められていくように思われます。音楽は話されても、それはコメント的注釈を余儀なくされます。そこにはなにも見出さないでしょう。
……音楽が沈黙すると、そのたびに、わたしたちには鋭い感覚、ほとんど窮屈な、ほのかな苦痛な感覚しか残りません。痛みにも似たような。幻覚のように、音楽は光輝き、霧散してしまいます。ひそやかに響きます。しかし、そのエコーはいつも手遅れでやってきます。音楽は、やむことのない瞬間の喪の哀しみです。




パスカル・デュサパン『作曲のパラドックス』(富山ゆりえ 訳、テオロス叢書02/パンオフィス) p.18-19

ロラン・バルトは「音楽はけっして戻ってこないものである」と言った。デュサパンは、それはつねに「直前の出来事」だと、つけ加える。音楽を聴くことは「いつもすでに終わったこと」なのだ。音楽の直前に、沈黙がある。その直後には、もう思い出しかない。「沈黙の思い出」──聴くことのすべての曖昧さは、そこにすでにない瞬間のこれら「思い出」のフラグメンツに存在する。
聴くことは、かぎりない繊細な世界、感動の世界への扉へと、わたしたちを導く。感動とは逃れることのできない精神的状況。音楽から受けとるものは感動です──デュサパンは、そう断言する。

哲学者の時間、物理学者の時間は、音楽家の時間ではありません。哲学や科学のいかなる時──空間的デモンストレーションも、音楽には適合しません。音楽家たちは、時間はかれらの主要なマチエールであると評価していますが、ごく初歩的な知識をもちあわせることができるだけです。これが、ムカデについて、この小さな匍匐生物が、独特な歩行機能について自問するやいなや、まえに進めなくなるという、有名な症候です。作曲家たちは、このパラドックスを知っています。すなわち時間によってではなく、持続によって音楽を書くのです。
作曲することは、持続のブロックの集合です。作曲することは、このブロックをさらに、さらに、バラバラにし、そして、たえまない変身の軌跡を隠蔽しながら、消耗するまで、膨張させることです。




『作曲のパラドックス』 p23-25


作曲することは、時間を秩序だてることではない。作曲することは、証明することではない。
作曲することは、インパルスとフラックス(流束)を創出すること。川の水のように。

Dusapin - Etude No. 1 "Origami" Part 1 - Ian Pace





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