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《包帯を巻くのがわたしのつとめ》 ジョン・アダムズ



John Adams: Shaker Loops

John Adams: Shaker Loops


オペラ《中国のニクソン*1や《クリングホファーの死》*2で有名な──同時に、物議をかもしている──アメリカの作曲家ジョン・アダムズJohn Adams、b.1947)。彼のミニマル・ミュージック、あるいは「ポスト・ミニマル」と呼ばれるスタイルを持つ作品集を聴いた。
演奏はマリン・オールソップ/Marin Alsop 指揮&ボーンマス交響楽団、ネイサン・ガン/Nathan Gunn (バリトン)。

  • 高速機械で早乗り Short Ride in a Fast Machine (1986)
  • 包帯係(包帯を巻くのがわたしのつとめ) The Wound - Dresser (1988)
  • 悲歌的子守唄 Berceuse elegiaque (1991)
  • シャイカー・ループス Shaker Loops (1978/1983)


アメリカらしい、特に西海岸の──そんな印象をまず受ける。なんといってもジョン・アダムズは、マサチューセッツ州で生まれハーヴァード大学で学んだが、アカデミズムに嫌気がさし、フォルクスワーゲンに荷物を積んでサンフランシスコにやってきた人物だ。ラヴ・ジェネレーションの世代だ。ベイ・エリアに移ったときのことを彼は次のように回想している。

僕はケンブリッジに六年間いました。二年間は、大学院生としてです。当時は、パリならブーランジェ、イタリアならペトラッシに就いて、ヨーロッパで遍歴時代を過ごすのが普通でした。でも僕はすでに、現代音楽におけるヨーロッパ支配から、まったく解放されていたんです。当時隆盛をきわめていたヨーロッパの前衛──ダルムシュタット学派、ベリオ、シュトックハウゼンなど──に、僕は何かひじょうに権威的で、おそらくはいんちきくさいものを見抜いていたんです。僕はジョン・ケージを音楽的に受け入れることはないにしても、哲学的に発見していましたし、アメリカの音楽語法をいうものに興味を持っていました。僕の両親はアマチュアのジャズ・ミュージシャンでしたから、ひじょうに強くジャズの影響を受けました。ですから、僕にはヨーロッパには行きたくないことが分っていて、ケンブリッジからさっさと抜け出したかったんです。





エドワード・ストリックランド『アメリカン・ニュー・ミュージック 実験音楽ミニマル・ミュージックからジャズ・アヴァンギャルドまで』(柿沼敏江、米田栄 訳、勁草書房) p.318


《高速機械で早乗り》や《シェイカー・ループス》などを聴くと、うん、たしかに「解放された」という感じがする──アカデミズムから、ヨーロッパから、そしてそれらの持つ権威から。音楽の持つ躍動感とスピード感。浮遊感。現代ヨーロッパの音楽家なら忌避するであろう率直さ。やはりアメリカ的だな、と思う。
ただし、その「アメリカ的」という中には、恐るべき暗さもある。例えばあれだ、デヴィッド・リンチの映画『ブルー・ベルベット』──冒頭、太陽が燦々と照りつける明るい情景から一転して地面で昆虫が蠢く映像が暗示するように、アメリカの内部ではとんでもなく陰惨なことが日常的に起きている。カリフォルニアを舞台にしたロス・マクドナルドの小説も異様なまでに暗い──「昼の明かりのなかでは、できないかもしれませんが、真夜中になると、ものの形も人の心もかわる」のだ*3
そんなことを思うと《シェイカー・ループス》のシンプルな繰り返しにも、どこか強迫観念めいた何かを感じてしまう。タイトルの「シャイカー・ループス」は楽器が震える(shaking)ことと、シェーカー教(Shakers)の独特のダンスに由来する──創造者に「共鳴」して身体を震わせ、宗教的法悦に及ぶ。


アメリカが南北戦争で「内戦」をしていたとき、ウォルト・ホイットマン/Walt Whitman は志願看護師として従軍した。《包帯を巻くのがわたしのつとめ》はそのときの体験を綴ったものだ。詩人は自問する「なかでも一番長く、一番深くあなたの心に残っていることは何ですか」と。

わたしはさらに先へ進み、またしても立ちどまる。
膝をまげて傷口に確かな手つきで包帯を巻いていくが、
相手が誰でも手加減はしない、痛みはきついが避けがたいのだ、
ひとりが訴えるような目をわたしに向ける──可哀想に、君とはたしか初対面だが、
それでもわたしは、それで君のいのちが救えるのなら、今ここで君の代わりに死ぬことを、拒めぬように思えてならぬ。


さらに先へとわたしは進む、(時間のドアを開いてくれ、病院のドアをどんどん開け)、
砕かれた頭を包んでやり、(憐れだが狂い立つ手よこの包帯はどうかちぎり取らないでくれ)、
銃弾を受けた騎兵の首のあたりを念入りに、念入りに調べてやる、
息づかいの音は荒くしわがれ、目はすでにすっかり霞んでいるが、それでも命は懸命に戦っている。
(きてくれ優しい死よ、どうか願いをきいてくれ、おお、美しい死よ、後生だ、来てくれ、早く)


切株もどきの腕、切断された手から、
血糊で固まるガーゼをわたしは外し、かさぶたを剥がし、膿と血を洗い落とす、
兵士はふたたび枕にもどるが、首は曲げ頭は横に傾げたままだ、
目は閉じており、顔は蒼白、血だらけの切株を見る勇気などありそうもなく、
現にまだ一瞥もしていない。





ホイットマン「包帯を巻くのがわたしのつとめ」(『草の葉』より、酒本雅之 訳、岩波文庫)p.310-311*4

アダムズは、このホイットマンの陰惨なテクストを採用し、「暗い」音楽を書いた。詩の内容をできるかぎり「率直に」伝える、哀しく陰惨な音楽だ。それ以上でもそれ以下でもない。メリスマもほとんど使っていない。バリトンの独唱とヴァイオリンのオブリガードが、どうしても、バッハの《マタイ受難曲》の「憐れみたまえ、わが神よ」を思い起こさせる。

僕としては、(《包帯を巻くのがわたしのつとめ》が)エイズ危機とどのように結びつけられても、否定しません。僕たちはみな、エイズで死んだ人や、そういう人を看護した人を知っています。でも、この曲が実際に扱っているのは、死んでいく人とそれを看護する人の関係、毎日起きている関係なのです。


僕は父親が死ぬときに、実際両親の間にそうした関係が起こるのを見ました。ところがこれは、芸術ではめったに扱われていないことなんです。





アメリカン・ニュー・ミュージック』 p.334


続く《悲歌的子守唄》は、フェルッチョ・ブゾーニの作品をアダムズが編曲したものである。歌詞はないが《包帯を巻くのがわたしのつとめ》と同様、やはり深い悲しみを「率直に」表現している。




そういえば、スーザン・ソンタグの『写真論』の中の「写真でみる暗いアメリカ」と題された章では、「ホイットマンアメリカ」について論じられていた──「合衆国そのものが本質的に最大の詩篇なのだ」と。

ホイットマンは感情移入、不調和のなかの調和、多様性のなかの単一性を説いた。あらゆるもの、あらゆるひととの精神的な交わり──加えうるに(それがえられる場合は)官能的な結合──は、いろいろな序文や詩のなかでくり返しくり返し、はっきりと提案されている気まぐれな旅である。この全世界に向かって提案していという熱望が、まだ彼の形式と調子に命令を与えもしたのである。


ホイットマンの詩は読者を讃美して新しい存在状態(政治体制を目論んだ「新秩序」の小宇宙)へと誘い込む精神のテクノロジーである。反復、大げさな律動、休止なしの行送り、それに押しの強い詩語は読者を精神的に空中に浮かばせ、過去と、アメリカの願いの共同社会とに同化できるような高みに彼らを押し上げるのを意図した、世俗的霊感の噴出である。




スーザン・ソンタグ『写真論』(近藤耕人 訳、晶文社)p.38*5


反復、大げさな律動、休止なしの行送り……。このソンタグホイットマンについての文章は、ジョン・アダムズの音楽について述べているかのようだ。

わたしは昔に立ちもどり、昔をふたたび生きながら、病院のなかを縫うように進む、
傷つき倒れた兵士の痛みを手当てして、慰めてやり、和らげてやり、
不安に悩む者のそばには暗い夜が明けるまで座ってやる、なかには幼いものもおり、
ひどく苦しむ者もいる、わたしが思い出す経験は懐かしくも悲しいものばかり、






ホイットマン「包帯を巻くのがわたしのつとめ」 p.312

デトゥメセンス(腫れがだんだんひくこと)かな。それは僕の西海岸風の終結なんです。





アメリカン・ニュー・ミュージック』 p.333




YouTubeジョン・アダムズが作曲したアメリカの重大な「詩篇」の一つがあった。《中国のニクソン》の映像だ。
Nixon In China (Opera): Act I Scene 1 - News

……僕はアメリカ人の生活の自由(リベラル)な精神の消滅をほんとうに嘆いています。またそれが一時的なものだと、思いたいものです。





アメリカン・ニュー・ミュージック』 p.321




[関連エントリー]

*1:

Nixon in China

Nixon in China

  • 発売日: 1995/11/10
  • メディア: CD

*2:Death of Klinghoffer。1985年に起きた「アキレ・ラウロ号事件」を題材にした作品。

Death of Klinghoffer [DVD] [Import]

Death of Klinghoffer [DVD] [Import]

  • 発売日: 2004/02/02
  • メディア: DVD

*3:ロス・マクドナルドミッドナイト・ブルー』(小鷹信光 訳、創元推理文庫)p.126

*4:

草の葉 (中) (岩波文庫)

草の葉 (中) (岩波文庫)

*5:

写真論

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