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ウィレム・ラチュウミアの「ピアノと電子音響」



Piano & Electronic Sounds

Piano & Electronic Sounds


まずルックスに惹かれたのが正直なところ。Sisyphe レーベル? 手に取って見ると、ルイジ・ノーノ《…苦悩に満ちながらも清朗な波…》が収録されている。ノーノを演奏するなんて只者ではないな。他の曲も相当ハードなんだろう、と思い T.G.I. FRIDAY'S で少しボリュームのある食事をしてから、心して聴いた。

気に入った。エキサイティングな音楽・演奏じゃないか。ウィレム・ラチュウミア(Wilhem Latchoumia、b.1974)の『Piano & Electronic Sounds』は、今年のベスト・アルバムに確実になるだろう。

収録されているのは以下の7曲。

  • Jonathan Harvey  《Tombeau de Messiaen》(1994)
  • John Cage      《Music for Carillon 2》(1954)
  • Pierre Jodlowski 《Série Blanche》(2006)
  • John Cage      《Music for Carillon 3》(1954)
  • Pierre Jodlowski 《Série Noire : Thriller》(2005)
  • Luc Ferrari    《À la recherche du rythme》 (1972/78)
  • Luigi Nono    《...Sofferte Onde Serene...》(1976)


プログラムトップのイギリスの作曲家ジョナサン・ハーヴェイ(Jonathan Harvey、b.1939)によるメシアンの墓 Tombeau de Messiaen》からして、ガツンとくる。タイトルのとおり、この曲は、オリヴィエ・メシアンに対する追悼の音楽である。同時に、故人への追憶というよりも「リアルで」鮮烈な響きを持つ音楽でもある。何よりピアノとテープ(ライヴ・エレクトロニクス)による音響が非常に斬新で、めくるめく色彩感に酔わせてくれる(解説によれば、ジョナサン・ハーヴィはミルトン・バビットから影響を受け、さらにピエール・ブーレーズに招かれて IRCAM でも仕事をしている)。そしてピアニスティックである──いったいどのように演奏しているのだろう? 興奮させられる。執拗な下降音形も不思議な効果──戯れに満ちた、どことなく楽しげな雰囲気──を帯びている。この音楽を聴きながら、エドガー・アラン・ポーの『早すぎた埋葬』を思い出してしまった。
武満徹の静謐な《雨の樹》とは、また異なったメシアンへの「独特の想い」を聴くことができる。


ピエール・ジョドロフスキ(Pierre Jodlowski、b.1971)の作品は今回初めて聴いて、すっかり魅了された。現代音楽、とりわけ「テクノロジーと音楽」に関心のある人にはお奨めだ。ジョドロフスキも IRCAM 関係者である。
《ホワイト・シリーズ Série Blanche》*1では無窮動なピアノの「運動性」が印象的だった──解説によるとジャン・ジオノ/Jean Giono の作品のイメージの音楽化だという。
South of Heaven (Vintage Crime/Black Lizard) しかし個人的には、その「白」よりも、《セリ・ノワール:スリラー Série Noire : Thriller》の「黒」により魅了された。ブックレットで英訳者が「セリ・ノワール」について注釈しているが──ジム・トンプスン原作/アラン・コルノー監督の映画に代表される犯罪映画(フィルム・ノワール)などをそう呼ぶ、と──ここで使用される「テープ」は、そういった犯罪映画のシーンの断片を集めたものだ。男の声、女の声、囁き声、叫び声、悲鳴、嘲り声、足音、二人の人物の「もつれあう音」……様々なノイズを再生させながら、ピアノがヴィルティオジティのかぎりをつくす。テープの音 vs ピアノの音。その二つの「音」の共犯関係。凄く面白い! リスナーは、それらの「音楽」によって映像を構成/イメージする(film of musics)。


ジョナサン・ハーヴェイとピエール・ジョドロフスキの「ハードな」楽曲の間に、ジョン・ケージ《カリヨン Music for Carillon 2》が収録されている。トイ・ピアノ(玩具のピアノ)の華奢な響きが楽しい。そしてピエール・ジョドロフスキの作品の後にも《カリヨン Music for Carillon 3》が弾かれ、一呼吸置く。続いてリュック・フェラーリLuc Ferrari、1929 - 2005)作曲による「ハードな」音楽が始まる。《失われたリズムを求めて À la recherche du rythme》と題された曲は、テープによる単純で執拗な「リズム」(というより波動)を伴った「音」がクレッシェンドしていき(ラヴェルの《ボレロ》のように)、そしてデクレッシェンドしていき(《ボレロ》を最後から最初に向かって演奏するように)、ピアノはそれを聴きながら即興的な「音」を響かせる。聴こえるか聴こえないかの繊細な音から攻撃的なアタックまで「ハードな」打鍵が要求される。この曲も聴き応えがある。

最後のプログラムはルイジ・ノーノ《…苦悩に満ちながらも清朗な波…》マウリツィオ・ポリーニによる圧倒的な録音があるが、ウィレム・ラチュウミアの演奏も素晴らしい。音の強弱という「圧力」の差、音色という「振動数」の増減、音価という「時間」の伸び縮み。まさに「ハードな」音楽を聴かせてくれる。

ウィレム・ラチュウミアはリヨン生まれのフランスのピアニストで、クロード・エルフェ、イヴォンヌ・ロリオ、ピエール=ロラン・エマールといった現代音楽を得意とするピアニストに師事したようだ。なるほど。 YouTube にラチュウミアの映像があった。
ekodafrik.net- Wilhem Latchoumia, le piano par excellence




[Wilhem Latchoumia]




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*1:英訳では”White Series”になっているので。フランス語は苦手なのでよい訳語があったら教えてくださいね。