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だれがこの厄介な「春の祭典」を書いたのか〜ヘンリー・カウエル



アメリカにおける「新音楽」(new music)のグル的存在で、ジョン・ケージルー・ハリソンの師であったヘンリー・カウエル(Henry Cowell、1897 - 1965)のディスクがナクソクから出ている。

Continuum Portrait 1

Continuum Portrait 1

Continuum Portrait 2

Continuum Portrait 2


まず第1集を聴いてみた。コンティニューム/Continuum というニューヨークを拠点に活動している現代音楽・実験音楽グループの演奏によるもので(シェリル・セルツァー&ジョエル・サックス指揮)、器楽曲、室内楽、声楽曲が収録されている。

  • 3つのアンチ・モダニストの歌
    1. ナチュラルだと思ったところのシャープ
    2. きけ、ピットからものすごい音を
    3. だれがこの厄介な「春の祭典」を書いたのか
  • ヴァイオリンとピアノのための組曲

どの曲も「新しい何か」を求めるフロンティア・スピリットに満ちている。「ピアノ小品」は1920年代30年代に書かれたもので、《深い色 Deep Color》は、まあドビュッシーの《沈める寺》のアイルランド・ヴァージョンと言えるが(カウエルはアイルランド系である)、次の《妖精の答え The Fairy Answer》でピアノの弦を直接掻き鳴らす奏法が披露される──通常のピアノの音、ハープのような音、チェンバロのような音が一台のピアノから鳴り響くのだ。《織物 Fabric》は、そのタイトルの通り、ポリリズム*1によるデリケートな音の綾を聴くことができる。
そして、ウィリアム・ブレイクの詩にインスピレーションを得た《虎 Tiger》では、カウエルの「発明品」ともいうべきトーン・クラスターによる凄まじい爆音が轟き、その演奏に際し、いかなる膂力が、いかなる肩が、いかなる業が、いかなる恐るべき手が用いられているのか、と想像を逞しくする。バルトークがトーン・クラスター奏法の「使用許可」をカウエルに求めたのは有名だ。

Keith Kirchoff plays Henry Cowell



ピアノの特殊奏法(String piano)は『ストリング・ピアノと小管弦楽のためのアイルランド組曲』でも追求される。多彩な楽器群も加わり、効果は抜群だ。なんといっても《バンシー The Banshee》《レプリコーン The Leprechaun》《妖精のベル The Fairy Bells》といった、この世のものではない、幽霊や妖精を表現した音楽である。耳慣れない奇妙な響きで「これよりさき怪物領域」(Beyond This Point Are Monsters)へと誘ってくれる。とりわけ《バンシー》は、その先鋭で挑発的な、妖しい響きがまさにアヴァンギャルドである*2。これが1925年に作曲されたとは。

アイルランド地方に伝わる一説では、バンシーは長い黒髪で緑色の服に灰色のマントを着た女性の姿をしているとされるが、泣き声が聞こえる時は、その姿は見えないという。 その泣き声は、ありとあらゆる叫び声(人間以外も含める)を合わせたような凄まじいもので、どんなに熟睡している者でも飛び起きるほどである。




バンシー [ウィキペディア]

高貴なアイルランド民族のためにだけ、
バンシーの悲しみの音楽はいつも流れる!
殺された、古の王座の継承者のために、
低く身を横たえている指導者のために!
聞け!……再びバンシーの泣き声が聴こえるようだ、
彼方に! あの時のように今この近くにいるのか?
それとも、夜風が空ろな谷間を
吹き下ろしているに過ぎないのか?




「嘆きの歌」(W.B.イエイツ編『ケルト妖精物語』より、ちくま文庫)p.232*3

↓ はカウエルの《エオリアン・ハープ》という作品。「ストリング・ピアノ」を聴覚と視覚で確認したい。
The Aeolian Harp piece by Henry Cowell


《フルート、オーボエ、チェロとハープシコードのための四重奏曲》は煌びやかな音色に特徴があるが、ヘンリー・カウエルにしては「保守的」かもしれない。一方、《ヴァイオリンとピアノのための組曲》ではバロック形式に彼の「専売特許」であるトーン・クラスター奏法を組み合わせたもの。そういえばシェーンベルクも古典形式に、やはり彼の生み出した新奇な技法を組み合わせた《組曲》があったな、と思った。《小管弦楽のためのポリフォニカ》は新ウィーン楽派の作品のようだ。


ところでヘンリー・カウエルは1936年、「若い男性との情事」により当時のモラル・コードに抵触、カリフォルニアのサン・クエンティン刑務所に収監される。そのときに作曲されたのが、監獄ロックならぬ、監獄歌曲ともいうべき辛辣なウィットに満ちた『3つのアンチ・モダニストの歌』である。カウエルならではのピアノ伴奏に伴われ、アンニュイな(時に躁な)歌が歌われる。
タイトルの《ナチュラルだと思ったところのシャープ A Sharp where you'd expect a Natural》《きけ、ピットからものすごい音を Hark! From the Pit a Fearsome Sound 》《だれがこの厄介な「春の祭典」を書いたのか Who wrote this fiendish 'Rite of Spring'?》及びその歌詞は新聞記事の引用で構成されている。
なるほど、アンチ・モダニストたる、見事なパロディだ。





[関連エントリー]

*1:カウエルは著書『新しい音楽の源泉』(New Musical Resources)で革新的なリズム概念を提唱し、それがレフ・テルミンとの共同制作による世界で最初のドラム・マシーン「リズミコン」(Rhythmicon)を生み出すことになった。

Art of the Virtual Rhythmicon

Art of the Virtual Rhythmicon

*2:ちなみにマーガレット・ミラーは『The Banshee』というサスペンス小説を書いている。

*3:

ケルト妖精物語 (ちくま文庫)

ケルト妖精物語 (ちくま文庫)