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『美しすぎる母』@ル・シネマ



大好き…というよりほとんどトラウマのような強烈な印象を僕に与えてくれた映画『SWOON』*1の監督トム・ケイリンTom Kalin の新作『美しすぎる母』(原題 Savage Grace)を観てきた。@Bunkamura ル・シネマ

美しすぎる母/Savage Grace

-http://utsukushisugiru.com/
-Savage Grace (2007) [IMDb]


いちおう日本語字幕による予告編の動画が YouTube にある。
映画「美しすぎる母」予告 Movie trailer savage grace


だけれども、これだけでは、この映画の「一部の雰囲気」しか伝わらないだろう。インターナショナルなトレイラーも貼っておこう。
Savage Grace Trailer


『SWOON』でもそうだったように、トム・ケイリンの今回の作品も「本来の主役」はゲイの犯罪者である。つまり母親バーバラ・ベークランドを殺害した息子アントニー・ベークランドだ。ストーリーは実話にもとづいている。


個人的に「!」だったのが、ベークランド夫妻が帰宅するとアントニーのベットに彼の「友人である」(強調)フランソワという少年が寝ていたシーン。アントニーは「気分良く」入浴中で、バスタブに入りながらバーバラに向かって「二人でブーレーズの音楽を聴いたんだ、ルネ・シャールの詩をつけたやつを」とか言いながら得意げに「釈明」する。そのセリフを聞いて僕は「うっ」ときて、ちょっと椅子に沈みこみ、もう少しで声を出して笑いそうになった。そして無音で指を鳴らした──さすがトム・ケイリン、やるな、と。そして、さすがアントニーは本来の<主>役だな、と。
全体的に男性の裸体のほうが目立つ。ブルックス・ベークランド役のスティーヴン・ディレイン なんかしっかりと見せてるし。
しかし、それゆえ、ジュリアン・ムーア(バーバラ・ベークランド)のゴージャスさが引き立つ。この映画では、どうしたってジュリアン・ムーアの「ゴージャスさ」に目がいく。


舞台はニューヨーク、パリ、カダケス、マジョルカ島、ロンドンと移り、時代も50年代、60年代、70年代と変わり、ファッションもそれに合わせて変化する。ジュリアン・ムーアは本当に美しく、セクシーで(僕にとってはちょっと「不正確な」言葉だが)、眩く、ゴージャスだ。ニューヨークでのモーブ色のドレスから最後のロンドンでのシャネル・スーツまで──最後のロンドンの場面では、アントニーも仕立てのよいイギリス製のスーツを着て彼なりに「正装」している──、ほとんどジュリアン・ムーアをモデルにしたファッション・ショーを見ているかのようだ。衣装はガブリエラ・サラヴェッリ、オートクチュール衣装にはディディエ・リュド(Didier Ludot)*2の名前がクレジットされている。要チェックだ。
しかもそんな高級衣装に身をつつみながらも、ジュリアン・ムーアはタバコをスパスパと吸い、下品な言葉を言い放つ。ある夕食会では「プルーストは同性愛者でしたの?」と切り込む。すごくカッコいい! 目の動き、眉の動き、口元の動き……さまざまな仕草が実にキマッている。紅茶を注ぐカメラアングルも異様なくらい印象的だった。

アントニーの彼氏ブラック・ジェイク役のウナクス・ウガルデもセクシー(僕にとっては「正確な」言葉だ)であったが、ジュリアン・ムーアのゴージャスな魅力には適わないな。
この場をかりて、僕はジュリアン・ムーアのファンであることを公言しておきたい。


ところでストーリーであるが、Wikipedia の Barbara Daly Baekeland の項を見ると、バーバラは息子アントニーの同性愛を「治療」しようと女性を近づけ、それが不成功に終わると、彼女自身が息子に迫った、とあるが(そしてそれが殺人に繋がった、と)、映画では違った解釈に思えた。むしろ母親は息子の同性愛を楽しんでいるような、夫ブルックスアントニーの父親)と違った男になることを期待していたような感じがした。彼女のベットに食事を運ばせたり、サド侯爵の本を朗読させようとしたり……。たしかに「史実どおり」ジェイクとアントニーの仲を裂く場面があるのだが、それは、ジェイクに息子を取られ怒っているような感じもしたし。
母親と息子は一体化している。最初、ドレスを着たバーバラの背中のソバカスが気になっていたのだが(どうして演出で「きれいに」消さないのかと)、それはアントニー役のエディ・レッドメインを見てわかった。彼の顔にはソバカスが目だち、肌の色も母親と同じく透き徹るように白く、髪も同様にブロンドだ。彼らは一目で親子だとわかる。一方、父親のブルックスは「健康的な」浅黒い肌で髪も黒い。親子には見えない。

そして「犬の首輪」が重要な役割を果たす。首輪が殺害につながっていく。あ、そういう解釈なのか、と思った。主なき槌(The Hammer without a Master)の一撃。ダ・ヴィンチの鏡文字。そしてマルセル・デュシャンの墓碑銘──死ぬのは常に他人 ”D'ailleurs, c'est toujours les autres qui meurent”……。






[関連エントリー]

*1:ドストエフスキーの『悪霊』やヘンリー・ジェイムズの『鳩の翼』などと同じく、じわじわと利いてくる作品なんだ、これが。

*2:http://www.didierludot.com/
Flickr : Didier Ludot, Palais Royal

Little Black Dress (Memoire)

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