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『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』映画化へ



『ガーディアン』によれば、ジョン・ル・カレのスパイ小説『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』が映画化へ向けて準備中だという。

Tinker, tailor, soldier, film star [Guardian]

John le Carré's hit thriller Tinker, Tailor, Soldier, Spy is to hit the big screen. The author, whose real name is David Cornwall, is at work with the scriptwriter Peter Morgan on a film adaptation of the novel, first published in 1974 as the first instalment in a trilogy about cold war spies. To be produced by Working Title - the production company behind most of the British film industry's biggest hits - it will be the first feature-film version of the novel, which was made into a television series starring Alec Guinness in 1979.
According to Morgan - whose other recent credits include the forthcoming films State of Play, Frost/Nixon and The Damned United - le Carré is full of sage advice: "'When you return to earlier work,' he cautioned, 'you feel two rather unpleasant emotions. One is God, this is awful, and the other is how can I ever write something as good ever again?'"


ただ『ガーディアン』以外に、この「情報」を扱っているメディアが見当たらなくて、もしかするとこれはティスインフォメーションじゃないか、なんていう疑いも、もたげてくる。なんといってもル・カレである。そして二重スパイ、キム・フィルビー/Kim Philby 事件を彷彿とさせる『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』である。

もぐらというのは、深部浸透工作員のことで、西欧帝国主義に深くもぐりこんで住んでいるためにそう呼ばれるのであって、今の場合にはイギリス人です。もぐりこませるのに長い年月が、時には十五年も二十年もかかるので、もぐらというのは、センターにとって非常に貴重な存在なのです。


イギリス人のもぐらの大部分は、カーラ(KGBのスパイ・マスター)が戦前に見出した人々で、自分たちの階級に愛想をつかしたブルジョワ階級や貴族階級の出身者です。彼らはだれも気づかないうちに狂信的な同志に、怠惰なイギリス労働者階級の同志たちよりもはるかに熱狂的な人間に、なっていったのです。何人かは、共産党入党を志していたのを、手続きをとる寸前にカーラがとめて、特別任務につくよう指導した人々です。中には、スペインでフランコファシスト軍を相手に戦い、現地でカーラの人材発掘係の目にとまってカーラの方へまわされた人たちもいます。そのほかに、戦争中、ソヴィエトとイギリスが便宜的同盟関係を結んでいる間に見いだされた者もいます。ほかに、戦後、戦争が西欧に社会主義をもたらさなかったことに失望して……




ジョン・ル・カレ『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』(菊池光 訳、ハヤカワ文庫NV) p.98

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ (ハヤカワ文庫NV)

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ (ハヤカワ文庫NV)



それと映画化されるとしたら、あの緻密な描写の積み重ねによる小説を、どのようにして90分ぐらいの映像作品に再構成するのだろう。一見スパイ活動と無縁に見えるパブリックスクールの章が、チェコの事件と繋がり、それが「モグラ」の正体を導いていく……それがほとんどショックともいえる強烈な印象を与えてくれるのだけれども、やはりあれは省けないよな。
そういえば池澤夏樹は『スマイリーと仲間たち』の解説でル・カレを次のように絶賛していた。

ル・カレのリアリズムは人間の弱さを描くことができる。『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』で○○○○をカーラの側に寝返らせた心理の屈折、『スクールボーイ閣下』の中のジュリーの絶望的な恋(しかも、作者はこの恋の相手のリジーを決して美化して、ジュリーの視点から、書いてはいない。それだけにこの恋の切実さが伝わるのだ)。エンターテイメントとして一夜の高揚を提供するだけならば、ことさら弱い人間を登場させることはない。スーパーマンの荒唐無稽な冒険を書いた小説なら世界中で毎日百本ずつ生産されており、消費されている。しかし、人間の弱い側面を書いて、表面的な同情ではなくもっと深い共感を呼ぶような、絶世の美女ではない女に読者の好意をいだかせ、一瞬だけ登場する人物を忘れがたく描写するような、そういう伎倆を備えた作家が間然するところなきエスピオナージュの傑作を書くというのは、尋常のことではないのだ。




『スマイリーと仲間たち』解説より p.522


そういう尋常でない傑作スパイ小説の映画化に関して、その配役として、ダニエル・クレイグが、鋳掛け屋、洋服屋、兵隊、水兵の一人──すなわち二重スパイ=もぐら──を演じることになったら、相当屈折した映画になるのではないか、と密かに期待しているのだけれども。

うっかりしていると、いったいいつの時代の何のエピソードなのか分らなくなってくるが、まるでパズルのように入り組んだ人生模様と、そこに差し込まれたスパイ行為の萌芽の数々、少しずつ明らかになってくる謎の複雑な織り目は、それを正確に読み取っていくことに成功したならば、これ以上はない豪華絢爛な物語となって私たちの前に立ち現れてくる。まさにそのとき、私たちの興奮は始まるのである。


こうした小説を手にした喜びを共有する人々を、私は<同じ穴の狢>と言ったわけだが、私たちが共有するもう一つの穴は、この『パーフェスト・スパイ』の主人公、マグナス・ピムという人物そのものである。おそらく、フリーマントルふうのスパイ・スリラーや、フォーサイストム・クランシーふうのスパイ活劇を求めてこの作品を読む人はいないと思う。
この作品にあるのは、活劇でもどんでん返しでも複雑怪奇な謎でもない、人はいかにしてスパイになるか、どのような育ちや性格が裏切りの土壌を作るかといった、きわめて地味で根源的な問題であると同時に、マグナス・ピムという男が体現している人間存在の悲劇的な空疎さ、ある意味で出来損ないの人生、またある意味でかなり普遍的であるように思える父と息子の関係、母と息子の関係、女と男の関係などだからである。





高村薫 『パーフェクト・スパイ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)』解説より 



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