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熊座の淡き星影


熊座の淡き星影 [DVD]

熊座の淡き星影 [DVD]

ルキノ・ヴィスコンティ監督による『熊座の淡き星影』(Vaghe stelle dell'orsa、1965)をDVDで観た。最近はアメリカのTVドラマ(シットコム)ばかり観ていたので、正直、ここで描かれるヨーロッパの「暗さ」には最初は戸惑いを覚えた。なぜ、ここまで人間関係がもつれなければならないのか。主要登場人物たちは──1人のアメリカ人を除いて──なぜ、みんなあれほど悲観的な人生を送っているのか。
なんというか、異様なまでに洗練された美しい映像によって(とりわけサンドラとジャンニの姉弟が地下貯水路で密会するシーンの美しさは網膜に焼付いて放れない。これは映画でしか表現できない類のものだと思う。このシーンを観るだけでもDVDを買って損はないと断言したい)、まるで螺旋階段をゆっくりと転げ落ちるように、ある一家が崩壊していく様を、怜悧に見せつけてくれる。その凄まじさ。その恐ろしさ。
ルキーノ・ヴィスコンティそれにはクラウディア・カルディナーレの存在感がものを言う。一つ一つのしぐさや表情が素晴らしく印象的なのだ。上着を脱ぐとき、髪を結うとき、電報を破り捨てるとき、彼女の動作の一つ一つに緊張が走り指先にまで非常な力がこもっている。なんて勁い人だろう。そしてなんて美しい人だろう。

題材はギリシャ悲劇のエレクトラオレステスの物語に拠っている──というと、ストーリーはだいたい想像がつくだろう。

トロイア戦争におけるオレステスの仇討ちの物語関して)アイスキュロスは三部作の形で「報復=正義」の意味と、恐るべき復讐の連鎖に終止符を打つことを考えました。エウリピデスは神話伝説を大胆に現代風に解釈して、復讐する姉弟の人間的な苦悩に焦点をあて、英雄世界の復讐の正義を問題視します。
そしてソポクレスは神話伝説の筋に忠実に従い、その枠組みのなかで、復讐の一念に憑かれたエレクトラの悲劇に焦点をしぼります。とくに主眼は、弟オレステスの成長と帰国のみを楽しみに、孤独と屈辱と服従の日々に耐えて待つエレクトラの弟の死を知らされたときの絶望、その直後に生きている弟を認知したときの歓喜、そのドラマティックな展開にそそがれています。




丹波隆子『はじめてのギリシア悲劇』(講談社現代新書) p.92-93*1


そしてこの悲劇を最高に盛り上げるのが、セザール・フランクの音楽だ。全編にわたって《前奏曲、コラールとフーガ》が使用される。暗い情熱と官能性を帯びたフランクの音楽は、この現代ヨーロッパのある一族の没落を効果的に彩る──まるであらかじめこの映画のために作曲されたのではないかとさえ。

C. Franck - Prelude, choral and fugue - 1 - PRELUDE


美しい映像、美しい音楽、そして美しい女優と俳優──クラウディア・カルディナーレジャン・ソレル。そのあまりの美しさに陶然としてしまった。まさにカタルシスを得た──ラストの「死」の場面に《前奏曲、コラールとフーガ》の「コラール」の部分が延々と使用されるのだから。

C. Franck - Prelude, choral and fugue - 2 - CHORAL

*1:

はじめてのギリシア悲劇 (講談社現代新書)

はじめてのギリシア悲劇 (講談社現代新書)