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LPジャケット美術館



高橋敏郎 著『LPジャケット美術館 クラシック名盤100』(新潮社)は、LPレコードの美しいジャケットの数々をまさに美術書のように鑑賞しながら、そのレコードが世に出た時代背景、そして音楽・演奏についての興味深いエピソードを読むことができる。

LPジャケット美術館―クラシック名盤100選 (とんぼの本)

LPジャケット美術館―クラシック名盤100選 (とんぼの本)



最初のページを捲ってまず驚く。ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ指揮、パリ管弦楽団によるリムスキー=コルサコフの《シェエラザード》の1974年録音のレコードを飾る、マルク・シャガールの印象的な絵が紹介されているのだが、これが何と、シャガール自身がこの演奏のためにロストロポーヴィチに献呈したものだという。まさにLPジャケット=アートに相応しいエピソードだ。

他にも、小澤征爾トロント交響楽団メシアン《トゥーランガリーラ交響曲》のジャケットはロバート・インディアナの『インペリアル・ラブ』というポップ・アート作品、ショルティロンドン・フィルハーモニック管弦楽団ホルスト《惑星》は横尾忠則、ズービン・メータ&ニューヨック・フィルハーモニックのムソルグスキー展覧会の絵》は粟津潔若杉弘&読売交響楽団武満徹《環礁》のデザインは杉浦康平など、現代アートシーンを彩る人物たちの名前が次々に登場する。

メシアン:トゥーランガリラ交響曲

メシアン:トゥーランガリラ交響曲


また古典絵画や現代美術のみならず、LPジャケットに関する情報が仔細に語られる。例えば、グレン・グールドの、かの有名なデビュー盤、バッハの『ゴルトベルク変奏曲』(1955年)のジャケットは、報道写真家ダン・ウェイナーが撮影したものであるとか、マリア・カラスの写真はファッション誌『ヴォーグ』のカメラマン、ヘンリー・クラークによるもの、そしてヴィルヘルム・シュヒター指揮NHK交響楽団他による黛敏郎の《涅槃交響曲》のジャケット・アートはオノ・ヨーコが担当であったとか。

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年モノラル録音)

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年モノラル録音)


さらにLPレコードは現代史をも物語る。ロシアのマリア・ユーディナはスターリンに愛されたピアニストであったが、そのために、スターリンが放送局に直接電話しモーツァルトのピアノ協奏曲第23番を「ユーディナが弾いたもので」と注文したとき、ピアニスト本人を含む関係者がすぐさまスタジオに呼び出され、徹夜で録音し、翌朝この独裁者のもとへレコードが届けられたという出来事など──しかも後年、スターリンが別荘で死去したときプレイヤーに乗っていたのが、このユーディナのレコードだった。

Yudina Legacy Volume 11

Yudina Legacy Volume 11



音楽鑑賞において、パッケージ(モノ)としてのレコード──CDも、であるが──の存在はもはや過去のものになりつつあるが、そういった「過去」を振り返りながら、懐かしくも良い気分に耽ることができた。今現在、ハードディスクにある「情報」を聴いているが……。




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