HODGE'S PARROT

はてなダイアリーから移行しました。まだ未整理中。

ニアル・ファーガソンの大英帝国論



論座』(2007年5月号)をパラパラとめくっていたら、イケメンの英国紳士の写真があった。歴史学者ニアル・ファーガソンNiall Ferguson、1964年生まれ)のものだ。地味なイメージのある歴史学らしからぬ煽り文句も気を引く──なんでも「欧米でいま最も売れている歴史家」で、『タイム』誌の「世界でもっとも影響力のある100人」に選ばれたのだという。
ざっと読んでみた。”「特異な帝国」アメリカとその後”というインタビュー記事だ。


ファーガソン氏曰く、アメリカは大英帝国と比べるとダメだという。つまり大英帝国のほうがよほど「統治」に長けていた。大英帝国は単なる搾取的な権力ではなかった、と。

私は大英帝国のバランスシートを問うているのだ。バランスシートには資産も債務もある。負の債務を隠すつもりはない。確かに奴隷貿易は18世紀の英国に広く見られた。母国から連れてこられ、命を落とすことも少なくなかった人々の苦悩をおろそかに思うことはない。英国のインド支配では、個人所得の持続的な成長や飢餓問題の除去に失敗したことを無視するつもりはない。


だが、19世紀のインドで英国による統治以上に望ましい統治形態があっただろうか。ムガール帝国が再興していたら、もっと素晴らしい統治であっただろうか。英国のインド統治がなかったら誰が統治者として現れていたのだろうか。
インドの国民議会派は、実際は英国公務員たちによってつくられたし、ガンジーは英国で教育を受けた。奴隷貿易に手を染めたのは英国だが、19世紀、奴隷貿易廃止に最初に立ち上がったのも英国の海軍だった。


英国がもたらした利益は、そのために費やしたコストよりもわずかながら上回っていると思う。


歴史には「よいこと」と「よくないこと」が同時に存在する。要はバランスシートだ。英国の帝国主義者の悪漢どもに立ち向かう、正義のナショナリスト。私はそれを「ハリウッド版の歴史」と呼んでいるが、歴史の真実ではない。なるほど大英帝国の統治は完全とはいいがたいが、法の支配や、個人の財産保護、腐敗のない行政府といった英国的な理念は、その後の世界の普遍的な価値の基礎を形づくった。




「特異な帝国」アメリカとその後 (朝日新聞論座』2007年5月号、聞き手=木村伊量) p.64-65

明快だ。こういう確固とした考えの下、アメリカの世界支配、ネオコンの「歴史に対する無知とナイーブさ」、例えばイラクにおけるアメリカの統治を批判する。いまではアメリカの権威や権力は予想以上に衰えてきている。米国の覇権が弱体すれば、世界は多極(マルチポラー)に向かうのではなく、ただひとつの覇権的な帝国も存在せず、権力構造がばらばらになる非両極(アポラー)という現象が立ち現れてしまう。
ところで、わたしたちの世界は、非両極世界も無極世界(ノンポラー)といったものを、またたくまに通過してしまうだろう。それは19世紀の、複数の帝国が争った世界に回帰するのだ、と。
だからアメリカは大英帝国のようになるべきだ、と言っているようにも聞こえるが、これってどこかで読んだことがあるな、と思っていたら、田中宇の国際ニュース解説でファーガソンに言及した記事があった。

たとえば、彼の主張の一つに「アメリカは、隠然とした帝国から、自覚した帝国に変身すべきだ」というのがある。アメリカ人は、自国が「帝国」(empire)であると認めることを強く嫌い、代わりに「覇権」(hegemony)という言い方を好むが、ファーガソンは「今のアメリカはまさに帝国の状態にある。アメリカは帝国であることを認めず、帝国としての義務を果たさず逃げているのではないか」と主張している。


N・ファーガソンの公式ウェブサイトもあった。
[The official home page of Niall Ferguson]


ついでにファーガソンの映像も見つけた。『Foreign Exchange with Fareed Zakaria』という国際問題を扱う PBS のニュースショウのもので、ホストはインド出身のアメリカ人ジャーナリスト、Fareed Zakaria だ。


http://video.google.com/videoplay?docid=-506628656225988940


[Foreign Exchange with Fareed Zakaria]

さすがテレビ映りもよい。ニアル・ファーガソンのジェントルな振る舞い、そのイギリス発音はなかなか魅力的だと言える──アメリカ人にはどのように映るのだろう。


ところで、nofrills さんがファーガソンの著書『Empire』に絡めた英国の植民地主義についてエントリーしている。非常に重要な指摘がなされているので、ぜひ読んで欲しいと思う。


Empire: How Britain Made the Modern World

Empire: How Britain Made the Modern World