最近のクラシック系アーティストのウェブサイトの充実ぶりには目を見張るものがある。イタリア人ピアニスト、アレッシオ・バックス(Alessio Bax、1977年生まれ、現アメリカ在住)のサイトは、その筆頭に挙げられるだろう。
[Alessio Bax The Official Homepage]
とくに「Media」は必見だ。Photos、Audio clips、Magazines、Covers……。
まさしく伊達男。そんじょそこらのポップ・アーティストなんて目じゃない。アレッシオに匹敵するのはジャスティン・ティンバーレイクぐらいだろう。
しかもだ、アレッシオはブログをやってる。ブロガーなのだ。
さらに Myspace にも登録して「オープンな」コミュニケーションを図り全世界と通じている。
これほどにまでテクノロジーを縦横に使いこなしているクラシックのアーティストは、そうはいない。しかもそれがとても「自然な」態度に見えるのだ、一般の若者がそうであるように、楽しんでやっているような、そんな感じで。Covers では日本の雑誌やフリーペーパーの表紙を丁寧にスキャンしており、なんだか微笑ましい。このハンサムなピアニストをとても身近に感じる。
いい年したカナダ人のピアニストがテクノロジーと戯れていただけで、何かしら思想的な出来事を読み込んでいた時代は完全に終わった。「バイバイ、グレン・グールド3」。
…… いや(強調)、もちろん最初に伊太利人アレッシオを知ったのは、ブゾーニやシロティ、ラフマニノフ編曲のJ.S.バッハ作品に加え、リスト編曲のヘンデルやバッハ編曲によるマルチェロ作品まで彼が弾いていたからだ。とくにブゾーニの洗練の極みとも言うべき華麗なる編曲=マニエラは僕の鼓動をドキドキさせてやまない。
- アーティスト: バックス(アレッシオ),バッハ,グルック,リスト,ラフマニノフ,ブゾーニ,シロティ,ヘス,スガンバーティ
- 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
- 発売日: 2004/08/25
- メディア: CD
- クリック: 3回
- この商品を含むブログ (3件) を見る
『バロック・リフレクションズ/Baroque Reflections』と題されたアレッシオの最初のソロ・アルバムには以下の曲が収録されている。
- トッカータとフーガ ニ短調 BWV565(バッハ/ブゾーニ編)
- 協奏曲ニ短調 BWV974(バッハ)(マルチェルロ:オーボエ協奏曲の編曲)
- 前奏曲ロ短調(バッハ/ジロティ(シロティ)編(前奏曲BWV855の編曲)
- 「カンタータ第147番」より「主よ、人の望みの喜びよ」(バッハ/ヘス編)
- 「オルフェオとエウリディーチェ」よりメロディ(グルック/ズガンバーティ編)
- ヘンデルの「アルミーラ」からのサラバンドとシャコンヌ(リスト)
- バッハの「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番」からプレリュード,ガヴォットとジーク(ラフマニノフ)
- コレルリの主題による変奏曲 Op.42(ラフマニノフ)
編曲であろうと変奏曲であろうと、何かしらバロック音楽と関係する作品が選曲されている。ただ、マルチェロ×バッハの協奏曲とラフマニノフの『コレルリ主題による変奏曲』は、これまでだったら、カップリングが困難だったのではなかったか。時代様式、演奏様式があまりにも掛け離れている。曲調も大いに違う。しかし、2000年度のリーズ国際ピアノ・コンクール(Leeds International Pianoforte Competition)の覇者アレッシオ・バックスは、両者を見事なまでに違和感なく弾ききってしまう。
ブゾーニ編の『トッカータとフーガ』は、あの有名なメロディが硬く怜悧なタッチで弾かれる。オルガンを模したような、威圧的な分厚い和音の強打とペダルを多用した「濁った」感じは、まるでない。非常にクリアーだ。刺激的な音、と言ってよいかもしれない。テンポも揺れない。
マルチェロの協奏曲──映画「ベニスの愛」で使用されたとても美しい曲──やバッハの『主よ、人の望みの喜びよ』、グルックの『オルフェオとエウリディーチェ』、ラフマニノフ編曲によるバッハの『パルティータ』などもピアノならではの繊細なタッチと硬質な響きが生かされている。
そして『コレルリ主題による変奏曲』。このラフマニノフ特有のロマンティシズムを十分に漂わせた、技巧的にもかなりの難曲を、アレッシオは、バッハと同じように硬く怜悧なタッチで弾く。こんなクリアカットなラフマニノフは、あまりお目にかかれない。というか、なにより、このようにクールに弾けるものなのだろうか。颯爽として格好いい、とはアレッシオのようなピアノだ。
しかもだ。バッハとラフマニノフを同時に弾くだけではない、彼はリゲティのような現代音楽も弾く──まさしく versatile なピアニストなのだ。
すっかり彼の「ピアノの」ファンになった。