1988年生まれのフランスのピアニスト、リーズ・ドゥ・ラ・サール(Lise de la Salle)によるJ.S.バッハとフランツ・リストを聴いた。2004年の録音なので彼女が16歳のときのものだ。
バッハ、リスト;バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV.903 (Lise de la Salle plays Bach, Liszt)
- アーティスト: Johann Sebastian Bach,Ferruccio Busoni,Franz Liszt
- 出版社/メーカー: Naive
- 発売日: 2005/05/17
- メディア: CD
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いちおう……そう、念のために書いておくと「ジャケ買い」ではない。『半音階的幻想曲とフーガ』という僕の大好きな曲──バッハのピアノ曲の中で一番好きだ──が入っていたので、このCDを手に取った。むしろ、この「ニュートラルに見えない」ジャケットを眺めながら、「もしかして僕はマーケティング対象外なのではないか」と躊躇したぐらいだ。
しかしブゾーニとリストによる大バッハ作品のトランスクリプションという、これまた僕のコレクションしている楽曲もカップリングされていたので「思い切って」購入した。
買ってよかった。聴いてよかった。ラ・サールの演奏こそマルティン・シュタットフェルトに続き「バイバイ、グレン・グールド2」だと確信した。
収録曲は、バッハの
- 半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV.903
- コラール前奏曲≪来たれ、異教徒の救い主よ≫ BWV.659(ブゾーニ編)
- トッカータ ニ長調 BWV.912
- コラール前奏曲≪イエスよ、わたしは主の名を呼ぶ≫ BWV.639(ブゾーニ編)
- 前奏曲とフーガ イ短調 BWV.543(リスト編)
と、リストの
- 波の上を歩くパウラの聖フランチェスコ S.175/2(2つの伝説)
- ペトラルカのソネット第104番 S.161(巡礼の年≪イタリア≫)
- 悲しみのゴンドラ第1番 S.200
- メフィスト・ワルツ第1番≪村の居酒屋の踊り≫ S.514
だ。
バッハの「半音階的幻想曲」では、スタインウェイが軽やかに冷ややかに響き渡り、耳を捉える。厳格な「フーガ」においてもその響きは凛として美しい。『トッカータ』も躍動感のあるリズムと技巧の冴えが心地よいし、ブゾーニ編曲のコラールは情感豊かで、しっとりした優しい響きが印象に残る。
『前奏曲とフーガ』も同様だ。リストの編曲なので演奏効果は抜群なのだが、ラ・サールはこれ見よがしに技巧を誇示しない。ロマンティックな幻想曲の後に続くフーガにおいて、彼女は、声部を立体的に際立たせ、知的にアプローチする。これは本当に16歳の演奏なのだろうか。
リスト作品は正直、期待していなかった。が、見事、裏切られた。『メフィストワルツ』のような「体育会系」ピアノの代名詞と言える曲を、ラ・サールはキレのあるタッチと魅力的な音色、独創的な表現方法で挑む。派手にピアノを「叩き鳴らす」面白さとは別に、この音楽自体が持っている豊かなアイデアを次々と知らしめてくれる──もちろんもっと強烈な打鍵が欲しいところもあるけれど。
とくに素晴らしかったのが『聖フランチェスコ』だ。低音の蠢きには迫力があり、音楽はクライマックスに向かってドラマティックに盛り上がる。圧倒的な名演だと思う。
解説では、このCDのプログラムにおけるリーズ・ドゥ・ラ・サールのバランス感覚に触れていた。バッハとリスト──プロテスタントの線形(フーガ)とカトリックの情熱、抽象性(建築、構築)と(制約のない)主観性、バロック(様式)とハイ・ロマンティシズム、透徹した分析とエモーション。
もちろん両者はバッハとリストに、それぞれ作品の中に同時に出現するエッセンスだ。彼女の独創的なアプローチによって──すなわちバッハとリストを併置させることによって、それらの音楽の持っている潜在的な「豊かさ」と「近しさ」を、改めて再確認させてくれる。
[Lise de la salle - The official website]