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「ガラスの天井」と「ピンクの高原」




BP社のジョン・ブラウンCEO辞任関連で、英国企業における「ピンクの高原」(pink plateau、ピンク・プラトー)が可視化した、という記事がBBCと『Guardian』にあった。
「ピンクの高原/pink plateau」とは、ビジネスにおいて、ゲイの人々が、そのセクシュアル・オリエンテーションよって、昇進や管理職への登用の機会が阻まれること。ちょうど女性が、ジェンダーによる格差によって「ガラスの天井」(glass ceiling、グラス・シーリング)にぶつかり、上級管理職昇進への機会が阻まれるのと同じような現象だ。

まずは『Guardian』のビジネスニュースを参照したい。

'Pink plateau' blocks path to top for gay executives [Guardian]

It's called the "pink plateau". It's the glass ceiling that makes gay men and lesbians virtually invisible in the boardrooms of global multinationals.

Homophobia may be withering in offices and on the shopfloor but among Britain's business elite the closet remains firmly shut. At the global oil majors, routinely negotiating deals in countries not known for their tolerance of homosexuality, being openly gay is simply not an option.

"There still isn't a single openly gay person running a FTSE 100 company in Britain," said Ben Summerskill, chief executive of lobbying group Stonewall.

要するに性的指向(セクシュアル・オリエンテーション)による差別なのではあるが、しかしイギリスには日本の均等法のように、性的指向による差別は、原則として、禁止されている。したがって有能なゲイやレズビアンバイセクシュアルのビジネスパーソンはある程度までは昇進できる。が、最高経営責任者(CEO)のような経営トップ、及びそれに準ずる上級エグゼクティブになることはできない。その一線、そこに横たわる有像無像の障壁、それが「ピンクの高原」と呼ばれるものなのである。

実際に、ロンドン証券取引所LSE)に上場している、FTSE100種総合株価指数FTSE 100 Index)を構成する企業100社に、オープンリー・ゲイの最高経営責任者(CEO)は、いない(あくまでもゲイであることをカミングアウトしているかどうかであって、カムアウトしていない=異性愛者としてパス/登録されているゲイならば、存在しているかもしれない)。
最近の調査によると、英国で影響力のある100人のゲイとレズビアンのうち、ビジネスの現場におけるチーフ・エグゼクティブはたったの三人。しかも彼らは、自ら起業した人たちだ。


今回のBP社トップの辞任は、「ピンク・プラトー」という「見えない障壁」「暗黙の差別」を可視化させたのではないか。
BBCの記事を見てみよう。

Does the UK have a 'pink plateau'? [BBC]

According to business magazine Management Today, there are no openly gay chief executives at companies listed on the FTSE 250 share index.

"The problem that you have in business these days is that in most other walks of life it's okay to be gay but in the top ranks of British business it isn't," said the magazine's editor, Matthew Gwyther.

"Of course there are gay men and women out there, but it's very difficult for them to admit to that and I just think it reflects really badly on us.

"There must be something that's gone wrong somewhere."

Stephen Frost, Director of Workplace Programmes at the gay rights campaign group Stonewall says: "Everyone works better when they can be themselves - it is up to all of us to support people for who they are."

こちらは、さらにFTSE250種総合株価指数FTSE 250 Index)を構成する企業250社を見回しても、オープンリー・ゲイのCEOは皆無であることが記されている。もちろんゲイであることをオープンにしている社員はそれなりにいる。しかし彼/彼女たちが上級エグゼクティブになれるかどうかは「実際に、現実的に」困難が付きまとうのではないか……問題は、そういった「トップにはなれない」という事態に直面し、それを認めることが、ゲイの労働者の勤労意欲に削ぐことになってしまうことだ。


この「ピンク・プラトー」については、 nofrills さんのエントリー「BPボスの辞任をめぐるメディアの動き(メイル惨敗)」の後半で触れられており、とても参考になる。 nofrills さんが紹介している BBCの記事「Being gay in the world of big business」は、英国の4大国際会計事務所(big four)の一つ、 KPMG に勤務するアシュリー・スティールさんが、イギリスの金融の中心地シティ(City of London)で働くゲイの現状について語っているものだ。

(ゲイとしてカミングアウトしたこと)「そうしたことは自分がいままでしたことの中で一番よいことだった」とアシュリーさんは語る。仕事でもプライベートでも、自分を偽らずにいられるようになった、と。KPMGはオープンな社風で、社員は仕事で判断され、人格や趣味で判断されることはない。またKPMGは「ストーンウォール」の法人メンバーであり、同性愛者のネットワークも持っている。シティではこういう会社はひとつではないが、KPMGの社風はアシュリーさんの決断を後押しした。


だが、シティにはセクシャリティについて本当のことを明かすことはできないと感じている人たちはまだたくさん(thousands)いるのではないかとアシュリーさんは考えている。そして、そのことが英国のビジネスに悪影響(損失)を与えていると語る。才能を無駄にしてしまったり、潜在能力に気づかずにいることでマイナスの影響が大きい、と。




BPボスの辞任をめぐるメディアの動き(メイル惨敗) [tnfuk]


[KPMG]


[Stonewall (UK)]


このBBCの記事で注目されるのは、「シティのゲイ」たちが、会社内外でネットワークを持ち、情報交換などの交流をしていること。『ストーンウォール』のようなゲイの権利団体が、個々のゲイの労働者の相談に乗るだけではなく、積極的に企業にアプローチし、啓蒙活動をしてきたこと。そして企業側も、レズビアン、ゲイ男性、バイセクシュアルの人々のために、職場における平等を推進するキャンペーンを支援していることだ。もちろん「差別禁止法」(Equality Act、Sexual Orientation Regulations)の存在も大きいだろう。しかし、アシュリーさんは次のようにも語る。

Business leaders, from chief executives and chairmen downwards, need to take more responsibility for this within their own organisations. They need to set the agenda for change.

Yes, there are laws in place that ban discrimination. But whilst laws provide rights, they do not necessarily change minds and behaviours.

If we are to change behaviours, and prevent the slow waste of so much talent in our workforces, we need the example to be set from the very top.

法律は、権利を規定/保障するものであって、人々の考えや態度(minds and behaviours)には及ばない。だからこそ── nofrills さんも書いているように──企業における人材を生かすためには、企業トップがまず規範を示す必要がある、と。
また、日本総合研究所 創発戦略センターが分析している「ガラスの天井」に対するステークホルダーの関心も、「企業の社会的責任」(CSR: Corporate Social Responsibility)という観点から参考になる。

ステークホルダーが積極的に「ガラスの天井」の問題解決に参加し、企業の情報開示を第三者の立場から補足し、女性だけでなく社会全体が現状と課題を認識できるシステム。このような「ステークホルダーと企業のネットワーキング」に学ぶべき点は多い。


その一方で、 nofrills さんは、『Guardian』の記事から、さらに深い考察をされている。『Guardian』は、BP社やロイヤル・ダッチ・シャル社が「ストーンウォール」の法人メンバーに登録されていないことを指摘する。BP社は本社がロンドンにあり、当然、差別禁止法の適用を受ける。イギリス国内では、実際これらの石油産業においても、ゲイのスタッフは正式に認められている。しかし国外ではどうか。石油産業のようなグローバル企業の主な拠点は、中東、ロシア、サハラ以南のアフリカであり、これらの地域では同性愛は認められていないことが多く、場合によっては死刑を含む処罰の対象となる。

BPのボス氏は自身は「特にセクシャリティを隠さないが公言もしないゲイ」だったが、会社の経営では社員について、「ゲイの社員はリビア駐在はちょっと」みたいな判断をしていたとのこと。そりゃ、「同性愛は犯罪、懲役刑あり」という法律のある国に、ゲイとわかってて社員を送ることはできないでしょう。で、そういう環境を変えようとした場合のプレイヤーは「ビジネス」ではなく「政治」なのでは。。。




BPボスの辞任をめぐるメディアの動き(メイル惨敗) [tnfuk]


つまり「「同性愛者が異性愛者と同様に働いている環境」が政治利用されるようになっていく」ことだ。その場合には、やはりブラウン元CEOのように「特にセクシャリティを隠さないが公言もしないゲイ」という姿勢・態度も必要なのではないか。したがって、だからこそ『デイリー・メイル』が取った「曝露」に対して、ブラウン氏は法的措置を取ったのではないか──結果として裁判で負けてしまったが。

だとすれば、必要なのは、職場におけるセクシュアリティによる差別を禁じる法整備を求めること、そしてセクシュアリティを「オープンにする必要がない」「オープンにされない」権利の両方が「同時に」尊重されることだと思う。




[ガラスの天井/Glass ceiling 関連]

企業の職階制の中でトップに昇ろうとする女性の前には目に見えない壁「glass ceiling」が立ちはだかる。1986年ウォール・ストリート・ジャーナルの記事の中で用いられて広まったこの言葉の表す米国企業の状況は、1993年に出版された幸田シャーミン氏の「ガラスの天井に挑む女たち:ハーバード・ウーマン」の中で、30代、40代の学生や教授へのインタビューを通して具体的に伝えられたところである。

なぜこんなに昇格の差が出るのかというと、男女別の年功序列賃金が背景にあります。女性が男性の年功序列賃金から排除されているのは、「男性は一家の大黒柱として家族を養い、女性は結婚したら退職するもの」という、性別による役割分担の意識と仕組みがあるからです。かつては、男女別賃金表があったのですが、これは明らかな労働基準法違反ということで廃止されました。ところがこれは、形を変えて残り、職能資格制度も、実際の運用は男女別年功賃金であることが多いんですね。


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