HODGE'S PARROT

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Dilution of shareholder、Derrida S.A. の資本



先日、「天神茄子:フランス語の砂漠」さんのところで「デリダの遺稿はどこへ?」という記事を読んで、ジャック・デリダの「遺産」をめぐって訴訟騒ぎが起きていたことを知った。いかにもデリダらしからぬ/デリダらしい transaction ではないか、と検索してみたら、日本語でも報じられていた。


仏現代思想の大家、デリダ氏の「遺産」の行方は? 遺族と勤務大学がトラブル [イザ!]

デリダ氏は、1986年から2003年まで、カリフォルニア大アーバイン校で非常勤の講師を務めていた。90年には自筆の文書やメモなどの資料を同大に引き渡すことで合意していた。
 デリダ氏というネームバリューゆえか、受け入れに向けた大学側の態勢には力が入っていた。パリ郊外のデリダ氏宅にコピー機を運び込んだ上、フランス語ができる研究者を常駐させ、資料の分類にあたらせた。
 ところが、デリダ氏は次第に、カリフォルニア大に不信感を持つようになっていったらしい。04年、デリダ氏は契約の破棄を通告した。
 デリダ氏の死後、残されたものは大学と遺族の間での資料をめぐっての争いだった。交渉ではらちがあかないとみた大学側は、遺族を相手取り提訴したのだが、これが、デリダ氏を慕う世界中の研究者から総スカンを食らう結果になった。

とくにこの記事で興味を惹いたのが、遺族側の言い分で、カリフォルニアからデリダのドキュメントを取り返すのは「(カルフォルニアの)アーバインは世界の中心とはいえないから」というもの。本当にこんなことを「遺族側(遺産相続人)」が言ったのだろうか、とオリジナルの『ロサンゼルス・タイムズ』の記事で確認しようと思ったのだが、すでにこのアーカイブは参照できない状態だった。代わりに『サンフランシスコ・クロニクル』の記事を見つけた。この出来事の結構詳しい経緯(クロニクル)が載っていた。


UC Irvine drops suit over French philosopher's personal papers [SF Gate]

After Derrida's death, his widow and sons said they wanted copies of UCI's archives shared with the Institute of Contemporary Publishing Archives in France, Kamuf said.


"Irvine is not exactly the center of the world," Kamuf said, so the family requested duplicate archives to assure wider scholarly access to the philosopher's work.


Derrida's estate also sought changes in how UCI managed the papers, said Jackie Dooley, who heads the school's special collections and archives.


About a year ago, the family cut off negotiations, she said, so UCI sued in November, seeking $500,000 in damages and a court order requiring the family to transfer its stash of papers to California.


確かにデリダの家族(未亡人と息子たち)の友人で USC の比較文学のチェアウーマン、Peggy Kamuf氏が発言している。しかし、デリダのフォロワーで「比較文学」(comparative literature department)の人が、「中心」がどうのこうのと言って遺族を代表して訴訟騒ぎに口を挟むとは……。

UCI had spent more than $500,000 on the project, installing two copy machines at Derrida's house near Paris and hiring French-speaking graduate students to help catalog the documents, according to the lawsuit.

とあるようにアーバイン校は50万ドルの投資をデリダの了解のもと行ったようだ。ところが、

But in 2004, Derrida sent a letter to UCI's then-chancellor, Ralph Cicerone, threatening to withdraw permission for scholars to photocopy or quote material from the archives, a move that would have rendered the papers virtually useless, said Peggy Kamuf, a friend of the Derrida family and chairwoman of USC's comparative literature department.


Derrida was "quite unhappy with some things the University of California was doing," Kamuf said, adding that she couldn't discuss details except to say it didn't involve Derrida's own relationship with the university.

2004年、デリダは手紙(letter)をUCIの学長宛に送付した。手紙が届き、デリダがこのプロジェクト=事業を反故にするとの意向を示していたとの証言をしているのが、 Peggy Kamuf 氏である。彼女は、大学の行為がデリダをいかに悲しませたのか、その心中を語る。遺族を代表して、友人を代表して……亡くなったフランスの思想家の代わりに。

多分デリダのフォロワーたちも同様なのだろう。


ところで、なぜか複式簿記(Bookkeeping、Double-entry system)の基本図式を思い出した。すなわち、
資産(Assets)=負債(Liabilities)+資本(Capital
というやつだ。



[カリフォルニア大アーバイン校/University of California, Irvine]

1965年に、この土地の大部分の所有者であった、アーバインカンパニー(現大手不動産会社)により贈与された土地に設立された比較的若い総合大学である。

大学の規模としては、カリフォルニア大学内でロサンゼルス校、バークレー校、サンディエゴ校に続き、4番目の大きさである。2007年度のU.S.News誌のランキングによれば総合で全米44位、公立大学としては11位に位置している。米国内で10位以内に数えられる学科目は、文芸評論(2位)、犯罪学(4位)、行動神経学(5位)、散文(6位)、医療マネジメント(9位)である。



アーバイン校の校舎は、建築家であるウィリアム・ペレイラを筆頭に、ブルータリズム、モダニズムポストモダン、フューチャリズム等の概念に基づいて建造されており、映画『猿の惑星』、『ポルターガイスト』、『オーシャンズ11』等の撮影に起用された歴史も持っている。

学校のマスコットはアリクイであり、応援歌に"Anteaters Go!"、訳して『ゆけ!アリクイたち』がある。学校のモットーはラテン語で"Fiat Lux"、英訳で"Let There Be Light"(「そこに光あれ」の意)である。

Faculty members who have taught literary criticism and critical theory at UCI have included Jaques Derrida and Wolfgang Iser, and visiting professors in these fields have included Judith Butler, Slavoj Zizek, Giorgio Agamben, Barbara Johnson, Frederic Jameson, Elizabeth Grosz, and Étienne Balibar.

客員教授に、ジュディス・バトラースラヴォイ・ジジェク、ジョルジュ・アガンベン、バーバラ・ジョンソン、フレドリック・ジェイムソン……とかなりの面子を揃えてあるな。

それと南カリフォルニア大学(University of Southern California、USC)の ペギー・カムフ(Peggy Kamuf)さんであるが、デリダの入門書『A Derrida Reader: Between the Blinds』を著している他、『Specters Specters of Marx: The State of the Debt, the Work of Mourning And the New International(マルクスの亡霊たち──負債の国家、喪の作業、新しいインターナショナル)』の英訳者であるようだ。

A Derrida Reader: Between the Blinds

A Derrida Reader: Between the Blinds

Specters of Marx (Routledge Classics)

Specters of Marx (Routledge Classics)


[Peggy Kamuf]

ペギー・カムフがいうように、デリダは「境界なき思想家、あるいは、むしろ、世界地図をさまざまな国民国家へと分割する国境線でないのはもちろんのこと、大陸を分かつ自然の境界でさえなく、つねに〔それ自体が〕分割されうる境界についての思想家」である。




ニコラス・ロイル『ジャック・デリダ (シリーズ 現代思想ガイドブック)』(田崎英明 訳、青土社) p.39