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テロ時代の思想戦 〜そこにどんな「利害」があるのか



ローマ教皇ベネディクト16世イスラム聖戦批判発言に関する記事。
イスラム世界、一斉に反発 ローマ法王発言 [goo ニュース/共同通信]

ローマ法王ベネディクト16世がイスラム教の「ジハード(聖戦)」を批判したとしてパキスタン下院が15日、全会一致で法王の発言を批判する決議を採択、エジプトに拠点を置くイスラム原理主義組織が法王に謝罪を要求するなど、イスラム世界に反発が一斉に広がっている。


法王は12日のドイツでの演説で、聖戦で信仰を広めるイスラムの教えは「邪悪で残酷」と評したビザンチン帝国皇帝の発言を引用。「原理主義は(イスラム預言者ムハンマドの教えに反する」として、テロを行うイスラム原理主義者の宗教的根拠を否定した。

「皇帝は、自らの考えをこうして力説した後、暴力による布教がなぜ理性に反するのか、その理由を詳細に論じ始める。暴力は、神の本質、魂の本質とは相容れないものだと。皇帝は言う。「神は、流血をお喜びにならない。また理性的でない行動は神の本質に相反するものだ。信仰は魂から生まれるもので、肉体から生まれるものではない。他人を信仰へ導く者は、暴力や脅迫を使わずに、よく語りよく議論できる者でなくてはならない。理性的な魂を説得するには、腕力も武器も必要なく、死をもって人間を脅すようないかなる手段も必要ない』と。


「皇帝が対話で、暴力的な布教活動に反対して主張しているのはつまり、こうだ。理性なき行動は、神の本質に反するものだということだ」

今知りたいと思うのは、何故「今」「法王が」「こんな形で」イスラム教に言及したのか?だ。

それにしても、欧州にいると、法王のスピーチに対して、「世界のイスラム教徒が過剰反応をしている」という論理がでてしまうのが、じれったいような思いがする。しみじみ、「イスラム教徒」は、欧州にとって、「他者」なのだろうな、と思うからだ。(本当は他者でなくても、そういう風に意識する、という意味で。)

やはり、何万何億という人々の耳目に届く言葉において、専門的リテラシー能力を持つごくごくわずかな人々にだけ向けた「二重鍵括弧の付いた言葉」を発したことが、この問題のすべての原因ではないだろうか。

10億人とも言われるカソリックの頂点に立つ法王は、この点について責任を負わなければならない。

世界全体の大学進学率は1%程度に過ぎないのだから。


また、ローマ教皇の発言を擁護したドイツのメルケル首相の記事。
<ローマ法王>「聖戦」批判を擁護…独首相「意図を誤解」 [Yahoo! ニュース/毎日新聞]

ローマ法王ベネディクト16世の出身国ドイツのメルケル首相は15日、イスラム原理主義の「聖戦」を批判した法王の発言に対するイスラム社会の反発について、「法王の発言の意図を誤解している」と述べ、法王を擁護した。法王の発言について「宗教に名を借りたあらゆる暴力を断固として拒絶する内容だった」と評価した。

そしてアメリカのブッシュ大統領の国連総会での演説。
イスラム穏健派支援を宣言 米大統領が国連総会演説 [USFL]

第61回国連総会の一般討論が19日始まり、3番目に演説したブッシュ大統領は、中東地域はイスラムの「穏健派や改革派」が民主化を推進するか、「テロリストや過激派」が地域を牛耳るかの転換点にあると危機感を示し「米国は穏健派、改革派とともに立つ」と宣言、中東民主化推進への決意を表明した。

ブッシュ大統領が国連総会で演説、イラン批判など展開 [goo ニュース/ロイター]

大統領は、中東に向けたメッセージのなかで「我が国は平和を望んでいる。あなた方の中にいる過激派は、西側がイスラムと戦争をしているとのプロパガンダを流布させているが、それは間違っている。われわれはイスラムに敬意をもっているが、イスラムを歪曲して死と破壊の種を播く人々から我が国民を守る」と語った。


 またイラン国民に向けて、イランにとっての最大の障害は「あなた方の指導者があなた方の自由を奪い、国家の資源をテロリストと過激派の支援、それに核兵器の追求に費やす道を選択していることだ」と述べ、同じく国連総会に出席しているイランのアハマディネジャド大統領を牽制した。米国はイランによる平和目的の原子力研究には反対しないとも述べた。


これらの記事を読んで思い出したのが、『フォーリン・アフェアーズ』に掲載されたゼイノ・バランの論説「テロ時代の思想戦  テロを煽るヒズブ・タフリルの正体」(『論座』2006年1月号所収)だ。ゼイノ・バラン(Zeyno Baran)は、ニクソンセンター・国際安全保障・エネルギープログラム・ディレクターで、イスラムと民主主義、国際安全保障、ユーラシア、トルコの政治を専門としてる。

バラン氏の見解は、イスラムと西洋の間で「文明の衝突」が起きているのでない、イスラム世界内部におけるイデオロギー抗争に、西洋が巻き込まれつつある、ということだ。イデオロギー抗争は、「イスラムは民主主義や社会な自由と両立できる」と考える穏健派勢力と、「現在の世界秩序を、宗教・政治上の権限を持つイスラム指導者、カリフによる統治に置き換え、世界規模のイスラム国家を誕生させる」と決意している過激派勢力との間で、すでに「内戦」として勃発している。
目を向けるべきは「文明の衝突を演出する」ことで、過激派勢力は、自分たちのイスラム教の解釈を穏健派に受け入れさせようとしていることなのだ。

テロや政治的暴力を通じてイスラム的統治を実現しようとしているのが、アルカイダのようなイスラム過激派組織である。一方、直接的な軍事行動ではなく、イデオロギー闘争を通じて、アルカイダのような組織を側面から支援している組織が存在する──それがヒズブ・タフリル(解放党=HT)である。

ヒズブ・タフリル自体はテロ組織ではない。しかし人々に過激なイデオロギーを吹き込むことで、テロ要員をリクルートしやすい環境をつくり出している。組織は、ファシストのレトリック、レーニンの戦略、西洋流のスローガンという手法をワッハーブ派神学と組み合わせることで、着実に成果を上げている。

他のイスラム過激派集団の思想を組み合わせた HT のイデオロギーと神学は、大衆受けするように簡素化されている。その他のイスラム主義集団の多くは、自分たちのイスラム解釈こそ正統であると主張し、イスラエルカシミールといった単独・特定の問題にこだわりをみせるのが一般的だ。だがHTは、イスラム主義という旗の下にすべてのイスラム主義勢力の広範な連帯を実現することを目的に掲げ、イスラムと西洋間の文明の衝突、あるいは、世界でイスラム教徒が不当な扱いを受けている問題など、より広範な争点に焦点をあてる。したがって他のイスラム主義集団は、HTのことをライバル集団としてではなく、むしろ同盟勢力とみなし、(インターネットで公開されている)HTが標榜する概念と文献を自らへの支持を動員するために利用している。

ヒズブ・タフリル(HT)は、多くの国で脅威と看做されている。にもかかわらず、非暴力と武装・暴力路線の境界線に位置し、その活動は言論・思想を表明することである以上、欧米の民主社会ではHTを取り締まることが難しい。

HTはいかなる国においても政党としての届け出をしていないし、既存の政治システムのすべてを批判しているが、それでも自らを政治結社とみなしている。権力を求めて候補者を立てることもない。むしろ、政治の枠外からのアジテーションを展開する。HTは巧妙に犯罪行為やテロ行為からは距離を置いている。ボリシェビキ同様に、HTはメンバーたちの水面下でのイデオロギー闘争を通じてユートピア的な目的の実現を試みている。HTが数多くのメンバーを必要としているのではない。彼らにとって、要職にある数百人の支持者のほうが、数千人の兵卒よりもはるかに重要なのだ。

しかもヒズブ・タフリルはインターネットを大いに利用している。ネットの重要性を十分に認識している。そのウェブサイトは、自分が暮らす社会に不満を抱くイスラム教徒がネットサーフィンをするとたどり着きやすいよう、リンクが巧妙にはられている。女性の政治活動の参加についても、ネット上でそれを認めている。「社会に対する不満」を巧く掬い上げている。

著者ゼイノ・バラン氏は、現在ヒズブ・タフリルの重要な活動場所として、トルコ、ウズベキスタン、西ヨーロッパを挙げている。しかもそれらの地域では、なんとも「皮肉」な状況に彩られているのだ。
トルコが「キリスト教国クラブ」であるEUの一員として認められれば、ヒズブ・タフリルが戦略的に掲げる「文明の衝突」というパラダイムが無効になってしまうため、ヒズブ・タフリルはトルコを戦略的に重要な拠点と看做しているのは言うまでもない。トルコにとって脅威である。しかし皮肉なことに、トルコがEU加盟を目指して改革を進めている民主的な法制度改革によって、これまで用いられてきた過激派を規制するための措置をこの国は取ることができなくなってしまった。ヒズブ・タフリルは、かくして、トルコ社会に浸透する。

ウズベキスタン地政学的にも重要な地域である。そのウズベキスタンは現在、独裁者カリモフの支配におかれている。

皮肉にも、これまでHTは、欧米の組織の力を借りて、自らのアジェンダ中央アジア地域で推進してきた。彼らは自分たちの活動に対する中央アジア諸国政府の対応を宗教弾圧としてうまく描き出し、イデオロギー闘争の担い手というよりも、むしろ、抑圧政権に抵抗する反体制派と位置づけた。

西ヨーロッパにおいては、各国がイスラム系移民をうまく自国社会に同化・吸収できずにあるため、彼らは帰属意識も明確なアイデンティティも持てずにいる。その不満を──とりわけ若者の不満をヒズブ・タフリルはうまく取り込んでいる。「理由なき反乱から、大義ある反乱」へと向う。
前述したように、欧米の民主社会ではヒズブ・タフリルのような組織を取り締まることは難しい。イギリスは人権法を改正して、テロと関係している疑いのある外国人を本国に強制送還できるようにしようとしている。ドイツでは「反ユダヤ主義を煽ることを禁じた法律」を利用してヒズブ・タフリル非合法化に踏み切った。デンマークやオランダはHTの非合法化を検討中だ。

ゼイノ・バラン氏は、ヒズブ・タフリルに対抗するための措置として、イスラム世界で展開されている神学とイデオロギーをめぐる「内戦」において、イスラム穏健派が勝利できるように支援することだ、と主張する。欧米のジャーナリストと人権団体は、非暴力的な組織としてのヒズブ・タフリルのイメージが虚構であることを曝露する必要があること。真に平和的な宗教団体が寛容を説き、異教徒間の対話を促すこと。そしてさらにイスラム諸国の政府が、批判的思想、愛国心、倫理、民主主義や宗教色の薄い世俗主義と両立できるイスラムの価値を重視した学校でのカリキュラムを組むよう働きかけること。

アメリカと西側社会が冷戦というイデオロギー戦争で勝利を収めることができたのは、共産主義イデオロギーと戦術を詳細に研究したうえで長期的な運用に耐える戦略を考案したからだった。その戦略とは敵を軍事的に封じ込めるとともに、政治的自由・個人の自由、そして経済的繁栄を基盤とするより優れたイデオロギー的代替策を示すことだった。