HODGE'S PARROT

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オールソップの武満徹

マリン・オールソップ指揮&ボーンマス交響楽団による武満徹作品集が、ナクソスから出た。『日本作曲家選輯』の一枚で、もちろん片山杜秀氏の博覧強記の解説あり。音楽を聴いて、そしてテクストを読むべし。

Flock Descends Into Pentagonal

Flock Descends Into Pentagonal

  • 発売日: 2006/07/25
  • メディア: CD


ジャケット・カヴァーが、村上華岳の『夜桜之図』(京都国立近代美術館所蔵)という素晴らしく日本的情緒を醸し出すもので、西洋古典音楽や現代音楽のCDに混じって、圧倒的な存在感を持っているのは、言うまでもない。
ただし、武満のこのアルバムは、ドビュッシーメシアンに程近い西欧的流儀に則っているので──クラシック音楽として──とても聴きやすいものだ(そしてこのCDは、アメリカ人の指揮者が、イギリスの手兵オーケストラを率いて演奏し、英国の住宅金融組合第四位のポートマン・ビルディング・ソサイエティ〔Portman Building Society〕がスポンサーになっていることも、記しておいてよいだろう)。


収録されている楽曲は以下の通り。

  • 『精霊の庭(Spirit Garden)』[1994]
  • 『ソリチュード・ソノール(Solitude Sonore)』[1958]
  • 『3つの映画音楽(Three Film Scores)』[1994-95]
    • 「訓練と休憩の音楽」(『ホゼー・トレス』より)
    • 「葬送の音楽」(『黒い雨』より)
    • 「ワルツ」(『他人の顔』より)
  • 『夢の時(Dreamtime)』[1981]
  • 『鳥は星型の庭に降りる(A Flock Descends into Pentagonal Garden)』[1977]


注目なのは『他人の顔』のワルツが入っていることだ。まさに「高雅にして感傷的なワルツ」と呼ぶに相応しい音楽で、現代音楽としてのタケミツを敬遠する人に、一つだけ彼の音楽を聴くチャンスがあるとしたら、僕はこの曲を真っ先に挙げる。

『他人の顔』は、安部公房の原作・脚本、勅使河原宏監督による映画で、1966年に製作された。片山杜秀氏は解説で、次のように書く。

事故で顔を潰した男が医師から生身の顔そっくりの仮面を与えられる物語で、安部と勅使河原のコンビは明らかに、顔をなくした男に無個性と化しニヒリズムに陥る現代人、仮面を与える医師にそんな現代人を支配し操作しようとするファシストを重ね合わせている。何しろ、医師の診察室にヒトラーの演説の録音が密かに流れていたりするのである。安部と勅使河原は全体主義の再来の可能性に警鐘を打ち鳴らそうとしたわけだ。

したがって、このワルツは、ナチ台頭を招くワイマール共和国の記憶を呼び覚ますかのような、感傷的で、脆くもそれゆえ甘美な調べに貫かれている。

──戦争、まだ当分、始まりそうもないわね。
しかし、その娘の調子には、他人を呪うような調子はみじんもない。べつに、無傷な連中への復讐をねがって、そんなことを言い出したわけではないらしいのだ。ただ、戦争が始まれば、一挙に事物の価値基準が顛覆し、顔よりも胃袋が、外形よりも生命そのものが、はるかに人々の関心の的になるはずだと、素朴な期待をよせているだけらしいのだ。答える兄の方も、その辺りの呼吸はよく了解しているらしく、ごく淡々と調子を合わせ、
──うん、当分はね……しかし、明日のことは、天気予報だって、ろくすっぽ当てには出来ないからな。
──そうね、明日のことが、そう簡単にわかるくらいなら、易者なんていう商売、成り立たなくなってしまう。
──そうさ、戦争にしても、なんにしても、たいていは始まってしまってから、やっと始まったことに気付くものさ。
──本当にそうね。怪我だって、怪我するまえに分かっていたりしたら、怪我なんかになりっこないんだから……。




安部公房『他人の顔』(新潮文庫)p.277-288


この「ワルツ」には、ジョン・アダムス指揮&ロンドン・シンフォニエッタの演奏もあるが(『The Film Music of TORU TAKEMITSU』、NONESUCH)、まあ、オールソップ/ナクソス盤の方が、値段も手頃だし、他の楽曲も親しみやすいかな、と思う。

Film Music of Takemitsu

Film Music of Takemitsu

  • 発売日: 1997/11/13
  • メディア: CD


有名な『鳥は星型の庭に降りる』は、マルセル・デュシャンが髪を星型に刈ったのを、マン・レイが撮影した写真にインスピレーションを得て、武満が作曲したものだ。ヴィブラフォンマリンバ、チューブラー・ベル、二台のハープ、チェレスタなどを使用した夢幻的な音楽が奏される。
あまりにも繊細で優美な音楽──フランス印象派メシアンを彷彿とさせる──であるが、しかし片山杜秀氏は、ここに「日本的なものが潜んでいる」と論じる。それが呂音階で、ヨナ抜き長音階だ。琵琶や尺八、雅楽の楽器を使用していないし、また「露骨に日本的な旋律」もない。しかし、「日本人に対してサブリミナルな効果を持つ、そんな響きの仕掛け」がこの音楽には見出される、と片山氏は述べる。



他人の顔 (新潮文庫)

他人の顔 (新潮文庫)