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フランスはブッシュ政権にとって神の恩寵だった



1月22日、ラムズフェルド国防長官がフランス、ドイツの二カ国を「古いヨーロッパ」だと決め付ける演説を行った。フランスとドイツは道徳的頽廃を代表する勢力であり、特にフランスは第二次世界大戦においても、それ以前においても、外交・戦略上で大失敗を繰り返してきているという事実をあてこすった演説だった。この時点では、アメリカはまんまとフランスの仕掛けた罠に陥ったかに見えた。




ジョージ・フリードマン『新世界戦争論』(徳川家広 訳、日本経済新聞社)p.336-337

新・世界戦争論―アメリカは、なぜ戦うのか

新・世界戦争論―アメリカは、なぜ戦うのか


ジョージ・フリードマン*1の『新世界戦争論 アメリカはなぜ戦うのか』に、ラムズフェルド長官の例の「古いヨーロッパ」発言が、外交上の失敗どころか、実はアメリカの巧妙な作戦・反撃の一つだった、という分析がされている。

イラク戦争前夜、いくつかの大国は、アメリカの「足を引っ張ろう」と躍起になっていた──フランスがその最も中心的な存在だった。
CIA とフランス情報機関は定期的に情報を分け合っていた。したがって、アメリカがイラクを攻撃することは、周知の事実だった。にもかかわらず、フランスはアメリカの足を引っ張ろうと様々な罠を張り巡らせていた。フランスはドイツとロシアを自陣営に引き入れ、ヨーロッパに「反戦連合」を構築すべく画策した。そこに待ってましたとばかり、ラムズフェルドが「古いヨーロッパ」発言をした。ラムズフェルドのこの演説は、ヨーロッパの世論を刺激する失敗であるかのように見えた。

だが、実は、これは注意深く計算された動きだった。独仏枢軸がロシアと連合してヨーロッパの対外政策を牛耳ることに対する、中小のヨーロッパ諸国の懸念をかき立てることが目的だったのだ。メディア関係者はまるで理解していなかったが、ヨーロッパが一枚岩でないことは、アメリカの外交と情報の関係者なら誰でも知っていた。
フランスのシラク大統領とドイツのシュレーダー首相が見落としていたのは、彼らの抱く「ベルリン=パリの指導のもとで、ロシアの協力を得て一致団結するヨーロッパ」というビジョンは、ヨーロッパ諸国の多く、特に東ヨーロッパにとって、考えられる最悪のシナリオだという事実だった。




p.337

東ヨーロッパ諸国にとって、ナチス・ドイツソ連の分割支配の記憶は生々しい。そしてこれまでの調子の良い「空証文」を繰り返してきたフランスは、やはり信頼とは程遠い存在だった。

ラムズフェルドをはじめとするブッシュ政権の面々は、フランスとドイツがヨーロッパにおいて孤立していることに気づいていた。「古いヨーロッパ」演説は、ヨーロッパの一体性に衆人環視の中でくさびを打ちこむ意図でなされたのである。結局ラムズフェルド演説は、最大級の効果を発揮することとなった。




p.338

スペイン、イタリア、イギリス、デンマークハンガリーポーランドチェコ共和国の八カ国はアメリカのイラク攻撃を支持する、という内容の記事がウォールストリート・ジャーナルに掲載された。また、東ヨーロッパの多くの国が「フランスに対して」背を向けた。

ヨーロッパは戦争反対(フランス、ドイツ、ロシア、ベルギー、スウェーデンギリシャベラルーシ)とアメリカ支持の国々とに分断された。激怒したシラク大統領は「黙っているべき機会を逃した」と東ヨーロッパ諸国を恫喝した。しかしこれが「フランスへの反感」を不動のものとした。
つまり、アメリカ支持は、反フランスとしての意味を持つ。

フランス政府はブッシュを、感情をコントロールできないカウボーイだと見くびっていたわけだが、実のところ、シラクが短期でそそっかしい人物だと読み、挑発に対して過剰に反応することに賭けたブッシュのほうが正しかったのだ。
フランスは間違いなく、ブッシュ政権にとって神の恩寵だった。フランスが戦争に反対したおかげで、アメリカ国内における戦争反対派の声は盛り上がりを欠くことになった。アメリカ人にとってフランスは、嫌いな国ナンバー・ワンである。イラク攻撃に反対することはフランスを支持することと同じなのだという論理を持つ政治効果は、絶大だったのである。




p.339-340


「嫌いな国に反対する」という「ネガティブ」な態度・選択は、軽視すべきではない。人は「イヤな相手」と「反対の立場」を取りたがる。

*1:軍事・情報シンクタンクストラトフォー」設立者。ハンガリーのブタペスト生まれ

*2:George Friedman, "America's Secret War: Inside the Hidden Worldwide Struggle Between America and Its Enemies"