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論理で人をだます法の恍惚

ロバート・J・グーラー著『論理で人をだます法』を読んでいる。

論理で人をだます法

論理で人をだます法

面白い、というか、身につまされる。これこそ現代の『弁論術』だ。


ところで、002の「特別扱いを求める」に、クラレンス・ダロウ弁護士の演説が紹介されている。1924年のある殺人事件の法廷弁護にあたってのものだが、これがネイサン・レオポルド・ジュニア(Nathan Freudenthal Leopold, Jr.)とリチャード・ローブ(Richard A. Loeb)という二人の青年が犯した事件──アメリカ史上最も有名な犯罪の一つ──なのだ。

2人とも裕福な家庭に生まれたユダヤ人で、互いに同性愛関係にあった。事件当時シカゴ大学の学生だったが、富裕なユダヤ人実業家の息子ボビー・フランクスを誘拐して殺害し、終身刑プラス99年の懲役刑を受けた。ありきたりの誘拐事件とは全く違い、完全犯罪(になると彼らは思っていた)を遂行することで自分たちの優越性を立証しようという動機の異様さが話題を呼び、アルフレッド・ヒッチコック監督の映画『ロープ』(1948年)のモデルになった。




ウィキペディア「レオポルドとローブ」より

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ヒッチコックの『ロープ』も面白いのだが*1、なんといっても僕が推すのは、トム・ケイリン監督による1992年の映画『恍惚/SWOON』のほうだ。『ロープ』では不可視の同性愛が、『恍惚』では、全面的に、耽美的なまでに、ナルシズム全開で、描かれている。

この事件の公判はメディアの報道でごった返した。「世紀の犯罪」という陳腐な謳い文句が初めて使われたのはこのときである。ローブの家族が雇った67歳の名弁護士クラレンス・ダロウは、死刑判決だけは出させまいと何年も奮闘した。精神異常を理由に無罪を主張するかと誰もが思ったが、2人とも罪を認めた上での弁護だったので世論は驚いた。陪審裁判だったら間違いなく死刑判決が出てしまうことを見越したため、有罪を認めることによって陪審裁判になることを回避し、たった一人の判事の前で弁護したのはダロウ一流の戦略だった。


ダロウは12時間にも及ぶ弁論をおこなった。この時の弁論が彼の弁護士人生のクライマックスと評価されているのも尤もだった。「この戦慄すべき犯罪は彼個人の体質に発したものです。彼の祖先に起源を持つものです。…ニーチェの思想を真面目に受け止めて実行したからと言って、それを咎めるべきでしょうか? …19歳の少年にとっては、大学で教わった哲学のために殺人を犯すのも無理からぬ話です」




ウィキペディア「レオポルドとローブ」より

彼らに権利はないのでしょうか? いったいどんな理由があって、裁判長、彼らや彼らの将来世代のすべてが、汚名を着せられなければならないのでしょうか? 神様、もう十分です。何であれ、もう十分です。しかし、まだ絞首刑ほどではありません。まだそこまでひどくはありません。ですから閣下、これまで申し上げたことすべてに加えて申し上げるのですが、2つの名誉ある家族を、果てしない不名誉から、生きとし生けるどんな人間にも何ら役に立たない不名誉から、どうかお救いくださるようにお願いします。




ロバート・J・グーラー『論理で人をだます法』(山形浩生 訳、朝日新聞社)p.17-18

*1:原作はパトリック・ハミルトン。邦訳がある『二つの脳を持つ男』はジュリアン・シモンズ、パトリシア・ハイスミスらが絶賛した心理サスペンスの傑作。