高瀬淳一『情報政治学講義』(新評論)を読んでいる。明快で面白い。
- 作者: 高瀬淳一
- 出版社/メーカー: 新評論
- 発売日: 2005/12
- メディア: 単行本
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この本は、「情報の政治性」が研究対象である。情報に加えられる政治的作為──情報伝達をめぐる政治闘争──を通して、現代デモクラシーを再思考するというもの。したがって、著者は、「情報政治(InfoPolitics)」という語を採用する。
情報は「判断材料」である。人間が生きていくためには、自然環境や社会環境について認識を形づくる(in-form)ことが不可欠だが、そのための判断材料こそ、本書のテーマである「情報」である。
p.2
「情報をめぐる政治学のテキスト」である本書は、まず概念を提出し、それを平易に説明し、現実の事例を出すという、それ自体非常にプレゼンテーション・スキルに富んだ構成になっている。事例は、最近の小泉政権(小泉劇場)をめぐる政治的言説やアメリカの「政治ショー」が中心になっていて、興味深く、かつ、生々しい。
アメリカの政治演説では、政治的正しさ(political correctnes=PC)の観点に立ち、少数者や弱者への配慮を積極的に示すことが当然視されている。しかも、こうした配慮は、disabled の代わりに physically challenged を、American Indian の代わりに Native Americans を用いるなど、単語のレベルから示さなければならない。そうした気配りに欠けた演説をするようでは政治家の資質が問われかねないというのが、現代の政治演説環境なのである。
p.35
二つほど、基本的な「概念」を確認しておきたい。ラズウェル(Harold D. Lasswell)のプロパガンダ研究と、ウォルター・リップマン(Walter Lippman)の『世論』に関するもので、政治学やマスコミ理論、ジャーナリズム論などを受講したことのある人ならば、御馴染みの古典的学説だろう。
プロパガンダ(propaganda)は、発信者の側の世界観や現状認識を政治的に宣伝することだ。もともとは1622年にローマ教皇グレゴリウス15世が創設した「海外布教聖省」に由来するもので、したがって、プロパガンダには、「海外」と「布教」というニュアンスが付きまとう。
プロパガンダが何よりその威力を発揮するのが、戦争においてである。「自国民の士気を高め、あるいは敵国の戦意を阻喪させるために実施される政治宣伝」は、まさにプロパガンダに他ならない。
また、「○○主義」といわれるような政治イデオロギー(=信念体系)の宣伝も、しばしばプロパガンダと呼ばれることがある。この種の宣伝は、布教と共通する要素をもち、一時的・限定的な判断材料を与える他の政治宣伝に比べ、人々のものの見方の根本的な部分に働きかけようとする。
p.36
プロパガンダについての古典的研究が、ハロルド・ラズウェルの『世界大戦におけるプロパガンダ技術 (Propaganda Technique in World War)』である。彼はプロパガンダを「観念の観念にたいする戦争」と定義した。
一方、マスメディアの政治的影響力に関して、1920代に、その「弾力効果」に対する問題が提起された。「弾丸モデル」または「皮下注射モデル」と呼ばれるマスメディアの大衆への強力な作用、マスメディアの政治的効果について警鐘を鳴らしたのが、ジャーナリスト、ウォルター・リップマンである。
リップマンは著書『世論』(「世論」すなわち「集団において活動するさいに個々人が頭に描くイメージ」)で、人間の認識が決して合理的に構成されているわけではなく、外部からの働き/作用によって左右されると主張した。その際、リップマンが提出した概念が「擬似環境」と「ステレオタイプ」である。
●擬似環境とは、
人間が描く外部世界についてのイメージである。リップマンは現実環境における人間の行動が「擬似環境にたいする反応」であることを重視し、とくにこの虚構づくりに強い影響力を行使している政治宣伝やマスメディアに注目した。
なかでも、かれは新聞が「世論」を作為的に形成していることを問題視する。「私は、もし世論が健全に機能すべきとするなら、世論によって新聞は作られなければならない、と結論する。今日のように新聞によって組織されるべきではない」などとして、マスメディアの政治的影響力への懸念を表明したのである。
p.125
●ステレオタイプとは、
簡単にいえば「固定的で単純なイメージ」のことである。たとえば、ある国民についての偏見や、ある格好をした人についての先入観などがステレオタイプに該当する。リップマンの言葉を引けば、「われわれはたいていの場合、見てから定義しないで、定義してから見る」。そのため、複雑なものを簡単に理解させてくれるステレオタイプは、多くの人の認識を左右する力をもつ。
p.125
さらにリップマンは「大衆が耳にする報道は、事実そのままの客観性を備えたものではなく、すでにある一定の行動型に合わせてステレオタイプ化された報道である」と指摘した。
ラズウェルとリップマンの唱えた概念は、たしかに1920年代という古い「状況」に即して提出されたものであり、数々の批判も受けてきたが、しかしそれでも尚、考慮に値する。
本書『情報政治学講義』によれば、カナダやアメリカの一部では、教育課程にメディア・リテラシー(マスメディアの報道などを批判的に分析し理解する能力)の視点を取り入れているそうだ。
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