デムスも悪くないが、しかし、こと『クライスレリアーナ』とソナタ2番に関しては、やはりアルゲリッチの演奏が最強だと断言したい。迸る熱気、強烈な打鍵。誰にも真似できない。
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で、このシューマンの傑作ピアノ曲『クライスレリアーナ』を聴きながら、E・T・A・ホフマンの『牡猫ムルの人生観』(The Life and Opinions of the Tomcat Murr)をパラパラとめくっていると、あちこちでニヤリとさせられる。
クライスラーとは誰か? ヴルトやヴァルトが『生意気ざかり』から生まれたように、この年配の並外れた音楽家クライスラーは、E.T.A.ホフマンの『牡猫ムルの人生観』に由来する亡霊のような人物だ。この点でジャン・パウルとE.T.A.ホフマンは従兄弟である。彼らの創り出した人物は、フィヒテの有名な「自我」と「非我」の識別を悲劇的なまでに故意にパロディー化した人物の分身と捉えることができるからだ。
このパロディーは魂の深みで分裂し、しばしば狂気に向かう仮面だ。しかもクライスラーは、従兄弟ヴルトより少なくとも進んでおり、その物語の音楽家の如く、理性を失うまでに音楽の炎に焼き尽くされてしまう。
言うまでもなくシューマンの『クライスレリアーナ』は、このホフマンの小説からインスピレーションを得たものだ。
The Life and Opinions of the Tomcat Murr (Penguin Classics)
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すてきな夫人、ぼくの名前の起源が<縮れた>(クラウス)という語にあるとおもわれて、<髪を縮らすひと>(ハールクロイスラー)という語のアナロジーから、ぼくのことを<音を縮らすひと>(トーンクロイスラー)だとか、あるいはまた<縮らせるひと>(クロイスラー)一般だとかに見なされてはいけません。そんなことになればぼくはすぐにでもクロイスラーと書かねばならなくなってしまいますからね。
<円環>(クライス)を想起していただきたいものです。その円環(クライス)のなかでクライスラーというのがぐるぐる回転している(クライゼルン/クライゼル=独楽)のです。
そしておそらく、その円環をぐるりと描いた暗い測りがたい力と争いながら、往々にして聖ファイト祭の舞踏にとりつかれ、跳ねまわったあげく疲労困憊し、そうでなくても弱い体質の胃にはにつかわしくないというのに、円環から外にでて自由になりたいと憧れるんです。そしてそういう憧れにひそむ苦悩が、やがてあらためて例のイロニーというやつにあたるのではないでしょうか。
ホフマンの小説の登場人物、楽長クライスラーのセリフは、まるでシューマンの音楽を批評しているかのよう。とくに「円環から外にでて自由になりたいと憧れるんです。そしてそういう憧れにひそむ苦悩が、やがてあらためて例のイロニーというやつにあたるのではないでしょうか」なんて、シューマンの世界そのものだ。
そう、クライスラーに関すること(クライスレリアーナ)は、シューマンに関すること(シューマニアーナ)でもあるのだ。クライスラーの「生活と意見」(Life and Opinions )はシューマンのそれと重なる。
ぼくじしんの内面にはなにか暗い秘密のようなもの、このうえない充足をあたえるパラダイスについてのもつれにもつれた謎のような夢がひそんでいて、それがためにぼくはあくせくせっかちに動きまわって、自分の外がわになにかを探しもとめるのですが、そういうなにかを求めて一種の混乱した妄想めいた欲求が噴出することがよくあります。
夢にみるパラダイス、それがいかなるものか、夢ですらただ予感することはできても名づけられないようなものなので、そういう予感がぼくをタンタロスの苦悶でなやませるのです。
ホフマン『牡猫ムルの人生観』p.129
クライスラーは夢からさめると、水に映った自分の姿を眼にとめた。すると、あの狂気の画家エトリンガーが水の底からこちらをじっと視つめているような気がしてきた。
「やあ」と、かれはしたのほうにむかって叫んだ、「やあ、きみはそこにいたのか、親愛なる分身(ドッペルゲンガー)よ、けなげな相棒よ!
ホフマン『牡猫ムルの人生観』p.291
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E T A Hoffmann's Musical Writings
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