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『大接戦』の時代

フォルクスワーゲン(の「萌える」経営者)のことを書きながら、ドイツも社会民主からネオリベ的になっていくんだな、と思った。

で、1992年に出版されたレスター・サローの『大接戦 日米欧どこが勝つか』をパラパラめくっていると、なんだか感慨深いものがある。「世界は日本、アメリカ、ヨーロッパを中心とする三つの準貿易ブロックに分かれる」という予測が受ける「時代」があったのだということが。

このころってフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』が出たりして、自由主事陣営が共産主義陣営に勝利したというオプティミスティックな雰囲気があったのだろう。冷戦は終結、そして次は勝者である自由主義陣営同士で──武力ではない──「経済戦争」が始まるのだ、と。

予期しなかった突然の勝利を手に入れたほうは、心理的にとまどいながら、勝利を自慢げに語っている。アメリカでは、ベルリンの壁が崩壊したあと「歴史の終焉」という言葉がひんぱんに聞かれた。アメリカの体制が世界じゅうに広まって永遠に続くだろう、という論調だ。だが、歴史の主役が人間であるかぎり、歴史の終焉を迎えて退屈する心配は無用だ。われわれの歴史は、終焉からほど遠い。もうすでに、戦いが始まっている。




レスター・サロー『大接戦』(土屋尚彦 訳、講談社)p.25

サローの当時の予測では、軍事大国はアメリカ一国だけになったが、経済においては、アメリカ、日本、ドイツの三つ巴の競争が熾烈を極めると指摘している。そのなかでもヨーロッパの「牽引車」としてのドイツを高く評価、したがって「勝者」はヨーロッパである、と。

サローの著書からドイツの「強さ」を分析した部分を引いてみたい。

アメリカやイギリスは個人主義的な価値観が強い。辣腕の企業家やノーベル賞受賞者にたいする尊敬も、賃金格差の大きさも、技能の向上は個人の責任という考え方も、解雇や離職が簡単にできるのも、利益の極大化を追求する企業の姿勢も、敵対的な企業買収も、すべて根底にはローン・レンジャーのようなヒーローにあこがれる個人主義的な価値観がある。

これとは対照的に、ドイツや日本では共同体的な価値観が強い。企業グループの存在も、技能の向上は社会の責任という考え方も、チームワークも、企業の忠誠心も、経済成長を後押しする産業政策も、すべて共同体的な価値観に根ざしたものだ。アングロ・サクソン系の企業はひたすら利益の極大化をめざすが、日本の企業は市場の戦略的征服をめざす。アメリカは「消費者経済」で、日本は「生産者経済」だ。



p.49-50

個人の目標と企業の目標に加えて、共同体的資本主義の社会ではあとふたつ、レベルの異なる目標がある。三井グループドイツ銀行グループのような企業グループには、グループ全体の戦略目標がある。グループ内の企業は財政面で手を結び合い、おたがいの事業がやりやすいように協力し合う。

(中略)


ドイツにも同じよう企業グループがある。ドイツ銀行は、70の企業についての株式の10パーセント以上を直接握っている。また、ドイツ最大の企業ダイムラー・ベンツ社の株式の28パーセント、ヨーロッパ最大の再保険会社ミュニック・リー社の株式の10パーセント、ヨーロッパ最大のデパート・チェーンであるカールシュタット社の株式の25パーセント、ドイツ最大の建設会社フィリップ・ホルツマン社の株式の30パーセント、ヨーロッパ最大の製糖会社ジュードツッカー社の株式の21パーセントを握っている。公表義務のない間接所有分も含めえれば、ドイツ銀行はもっと多くの株式をコントロールしていることになる。



p.52-53

数年前、アラブ・マネーがメルセデス・ベンツの経営権をおびやかすほど大量の株を買収しようとしたことがあった。このとき、ドイツ銀行が介入して売りに出ていたベンツ社の株をことごとく買い上げ、メルセデス・ベンツ社とドイツ経済を守った。このような介入と庇護があれば、メルセデス・ベンツの経営陣は経済界のバイキングの手にかかる心配もなく、株式市場の浮沈に振り回される心配もなく、四半期の利益を増やす目標に専念できる。落ち着いて戦略を立て、資金調達に動くことができる。

そのかわり、自動車市場でメルセデス・ベンツ社の売上げが落ちた場合には、ドイツ銀行が介入して経営陣を入れ替える可能性もある。ただし、ドイツ銀行の目が光っていれば、経営陣がポイズン・ピルやゴールデン・パラシュートなど長期的に見て会社の利益にならない自己保身策に走る隙はないだろう。



p.53

ドイツでは、国民全員に市場経済に参加できるだけの技能をほどこすのは国家の役割である、という考え方があたりまえだ。政府が金を出しておこなっている技能育成制度は世界各国の羨望の的だ。また、社会福祉政策は市場経済には当然必要であり、資本主義をそのまま放任しておけば社会に許容しがたい所得格差が生じる、という見方が強い。



p.55

ドイツでは、大学へ進学しない生徒を対象にした職能教育が行きとどいている。大学進学を希望しない生徒は、15、6歳で勉強と仕事の両方を教えてくれる徒弟コースに進む。ここで3年間勉強して筆記試験と実技試験に合格すると、職能レベルを保証された「職人」として認められる。さらに3年間学校に通って経営、法律、技能を勉強すると「職人」から「親方」になり、独立して事業を始める資格が認められる。ドイツ以外の国々では、この教育・訓練制度がドイツ経済の強さの秘訣であると指摘する声が高い。
ドイツの労働力は、いちばん上の部分では世界最高レベルではない(大学院の充実しているアメリカが、このレベルでは世界最高だ)し、いちばん下の部分でも世界最高ではない(日本のほうが優秀だ)が、中間の広い範囲で世界最高レベルにあるのだ。



p.79-80


大接戦―日米欧どこが勝つか

大接戦―日米欧どこが勝つか

Head to Head: The Coming Economic Battle Among Japan, Europe, and America

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