HODGE'S PARROT

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book

事実が小説より奇であるために、小説をこのように読んだ 〜 イアン・マキューアンの『蝶々』と高橋たか子の『人形愛』

高橋たか子の『人形愛』を2回読んだ。1度目で、どのような小説であるのかをおおよそ理解した。一言で言えば、それは夫の自殺により絶望した中年女性の異様な心理状態を幻想的に描いたものであった、と1行で済ませることができるだろう。ただ、これだと、「ネ…

それで、天使はどこに? 〜 出口裕弘『天使扼殺者』

ジョリス=カルル・ユイスマンスやエミール・シオラン、ジョルジュ・バタイユの翻訳でも知られているフランス文学者の出口裕弘が小説を書いていたことを最近知った。その一つが『天使扼殺者』だという。天使扼殺者──その強烈なタイトルに心を鷲掴みされた。…

「平等」に抗して 〜 フィリス・シュラフリーの「特権を奪わないで」運動と中絶の権利

アメリカ合衆国について、アメリカ以外の国や地域に住む人は、どれくらい知らなければならないのか。アメリカ社会についてどれくらい学び、どれほどの知識を吸収し、それをどのように活かしているのかを誰に認めてもらえばいいのか。アメリカの事例を知り学…

あのシナモンロールとあのパンケーキ 〜 レベッカ・ブラウンの『体の贈り物』

以前、Twitter のフォロワーさんから教えてもらったレベッカ・ブラウンの『体の贈り物』を読んだ。『体の贈り物』は、主にエイズ患者を介護するホームケア・ワーカーである〈私〉を語り手にした連作短編集で、一つ一つの短編はそれだけでストーリーは完結し…

実は初読、大人のための『Yの悲劇』

エラリー・クイーンの『Yの悲劇』を最初に読んだのは小学生のときだった。学校の図書館にあった「文研の名作ミステリー」という子供向けにリライト(超訳か)されたシリーズの一冊で、他にアガサ・クリスティの『ABC殺人事件』やジョン・ディクスン・カー『…

25歳のイスラエル人青年は上空の視界から何を見るのか 〜 ジェイムズ・フォレット『ミラージュを盗め』

イスラエルの情報機関モサドが実行したとされる作戦の数々は、スパイ小説以上にスパイ小説的な「快挙」をまざまざと見せつけてくれる。本書ジェイムズ・フォレットの『ミラージュを盗め』は、そのモサドが現実に実際に実行した(と見なされている)二つの、…

「殺人幇助」か「善きサマリア人」の二つに一つを他人に選ばせること 〜 グレッグ・ルッカの『守護者』を読んで(2)

(1)からの続き【自由意志を奪われないために 〜 「殺人幇助」か「善きサマリア人」の二つに一つを選択させる者への抵抗】 「あながたがの見ているものを見る目は幸いだ。言っておくが、多くの預言者や王たちは、あなたがたが見ているものを見たかったが、見…

「殺人幇助」か「善きサマリア人」の二つに一つを他人に選ばせること 〜 グレッグ・ルッカの『守護者』を読んで(1)

グレッグ・ルッカの『守護者』(KEEPER by Greg Rucka, 1996)を読んだ。プロフェッショナルのボディーガード、アティカス・コディアックを主人公に据えた第一作。妊娠中絶手術を行っているクリニックの医者とその一人娘の命を守ることが本書においてアティ…

『幽霊貸家』(The Ghostly Rental, 1876)

まず、この物語の梗概を記しておこう。神学を学んでいる「わたし」が発見する幽霊屋敷、好奇心溢れる「わたし」が発見したその幽霊屋敷に取り憑いている幽霊──その幽霊は父親に死に追いやられた娘の霊であることを「わたし」は突止める。さらに、幽霊屋敷に…

「福音の受肉」と学問に対する「連帯責任」

北森嘉蔵の『神学入門』に附録された『神学短章』のいくつかの文章より、キリスト教信仰とキリスト教神学、および、一般信徒と神学者/宣教者の関係について、そこで教え説かれていることをまとめておきたい。内容は、以前『神学入門』について書いたこと(…

”私たちはイスラエルのごろつき連中とは違います、清潔で上品でまるで違うユダヤ人です”と喚いている奴らへ──『イスラエルに生きる人々』より

イスラエルの作家アモス・オズ(Amos Oz, b.1939)は、エルサレムに生まれ、ヘブライ大学で哲学と文学を専攻、1967年の「六日戦争」(第三次中東戦争)及び1978年の「ヨム・キプール戦争」(第四次中東戦争)に従軍した。『イスラエルに生きる人々』(In the…

『コクソン基金』(The Coxon Fund, 1894)

タイトルの「コクソン基金」とは、ラルフ・ワルド・エマーソン(Ralph Waldo Emerson, 1803-1882)らの 超絶主義哲学に影響を受けたボストンの女性がイギリスに渡り、英国人コクソン卿と結婚(コクソン夫人になり)、その夫の遺産を「真面目で誠実な探究者」…

『オズボーンの復讐』(Osborne's Revenge, 1868)

ヘンリー・ジェイムズ最初期の作品。舞台はアメリカ。ここではまだ、出来事を「暗示的に迂回的に」──どのようにも取れるように、どこか操作的に──物語っているような気配は、それほど感じられない。むしろ「あからさま」な叙述に戸惑い、それゆえ警戒したく…

『ルイザ・パラント』(Louisa Pallant, 1888)

「どんな人の心に関しても究極のことを知っているなどとうそぶくべきではない」と語り手である「私」は冒頭で述べる──だったら読者はこの一人称小説の「私」が何を知っていて何を知っていないのか、あるいは知っていることをどのように語っているのか、どの…

『死者の祭壇』(The Altar of the Dead, 1895)

ときどき彼(ジョージ・ストランサム)は、友人の誰かが今すぐにでも死んでくれないものかと思っている自分に気づく。そうすれば、こんなふうにして、生きていたときに享受していたよりはるかに魅力的な関係を、彼らにたいして、打ちたてることができるだろ…

『智慧の樹』(The Tree of Knowledge, 1900)

冒頭、ピーター・ブレンチという中年の独身男性について作者はさりげなくそのキャラクターの情報を読者に提供する──そしてこの人物の視点を通してこのドラマは機能することになる。彼は友人の彫刻家モーガン・マローの作品について当人を前に何も「批評」し…

『ノースモア卿夫妻の転落』(The Abasement of the Northmores, 1900)

「あの人(ノースモア卿)は、あなたをけっして認めてはいなかったけれど、あなたを手放そうともしなかった。あなたはあの人を立てづつけ、あの人はあなたを押えつづけた。最後の一滴までしぼりとるまであなたを利用しつづけたのよ。いいえ、最後の一滴は残…

『本当の正しい事』(The Real Right Thing, 1899)

「すると、あなたもお感じになるのですか?」とジョージ・ウィザモア青年は未亡人に尋ねた。ウィザモアは三か月前に亡くなった著名な作家アシュトン・ドインの伝記を執筆する依頼を受けた──それはドイン夫人直々の指名だった。「主人はあなたが一番好きでし…

『第三者』(The Third Person, 1900)

これまで出合ったことのなかった二人の女性に遺産としてイギリスの地方の屋敷が贈られた。売却して折半してもよかったのだが、二人は互いを仔細に「観察」し、その結果、屋敷を売らないで一緒に共同生活をすることに決めた──ミス・スーザンとミス・エイミー…

『ある問題』(A Problem, 1868)

ヘンリー・ジェイムズの最初期の短編小説──中村真一郎の『小説家ヘンリー・ジェイムズ』の分類に従えば「習作時代」の作品であり、その小説家による小説家についての著書でも紹介されていなかった。 『ある問題』は作者が「読者の皆さん」にこんなお話があり…

”彼らはもともと黄色人種であるが、他民族との通婚によって大量の白色人種の血統を取り入れた” 〜 中国・新疆ウイグル自治区

船戸与一『国家と犯罪』より、中華人民共和国の少数民族問題について記された章「中華膨張主義の解体──三民族自治区からの発信」。その中から、新疆ウイグル自治区に関する情報をメモしておきたい。 東トルキスタン共和国(First East Turkestan Republic) …

個人と集団へのハラスメント キャサリン・マッキノンの Only Words より

「差別語」あるいは「蔑称」と看做される言葉を目にしたときの〈傷〉の表明は、表明するにあたって、誰か他の人の利害と調整しなければならないのだろうか。そういったことができる人たちに「合わせ」なければならないのだろうか。 私は、その度に、キャサリ…

パコミウスのルール Do not let two brothers ride the same donkey

佐藤彰一『禁欲のヨーロッパ 修道院の起源』より。「禁欲」というキリスト教修道制に端を発する心性は、何よりもまず、ギリシア・ローマ的価値観に基ずく規範に対する抵抗であり、単に個人的な妄想の克服というよりも一種の文化闘争の色合いを帯びていた。禁…

落下する猛獣──ジル・ドゥルーズの自殺には、それ相応のガッツがあったに違いない

澤野雅樹『死と自由』より。人間にとって病死や事故死は、自殺とは違って、試す/真似ることができない──そして自分で試すことの出来ない死に対してのみ、権力の介入が可能になる。ジル・ドゥルーズの自殺は、その本性においてスポーティだった。「死ぬこと…

「それ」は、自分が本来的にそれに対して抵抗していることを見せるためにこそ、執拗に規律権力を描く

D・A・ミラーの『小説と警察』より*1。小説(フィクション)というリベラルな空間が、いかに「自由」を生産しているかのように見えながら実際は権力に組み込まれているのではないか。”ミラーの図式では、犯罪者は自分の「自由」を信じて、権力の外部に立って…

メタ・オリエンタリズムの「ポップな」文化-倶楽部

「シノワズリー」が単なる「中国趣味」を意味するのではなく、それが差別的語感を含んでいるという前提で論じられなければならないこと。作家の眼差しの位置に注目し、日本人が「支那」という差別的ニュアンスの言葉を連想、使用する状況を捉えること──オリ…

神経症の家族小説は、ホモセクシュアルな欲望を神経症的ホモセクシュアリティへと変形させる

フランスの思想家・活動家であったギィー・オッカンガム(Guy Hocquenghem, 1946 - 1988)の『ホモセクシュアルな欲望』(1972)*1における、「男性身体」と「男性のホモセクシュアリティ」についての議論──問題なのはホモセクシュアルな欲望ではなく、ホモセ…

トマスから修道士ヨアネスへ

ドミニコ会の若い修道士へ向けたトマス・アクィナスの学問の心得。Thomas Aquinas, Epistola exhortatoria de modo studendi / A Letter on the Method of Study 「キリストにおいてわが親愛なるヨアネスよ、あなたは知識の宝庫から何ものかを勝ち得るために…

美は恐怖である、美をなんと呼ぼうが、それを前にすればわれわれは震えおののく

ドナ・タートの『シークレット・ヒストリー』(Donna Tartt, THE SECRET HISTORY)*1で議論される〈美〉について。 「われわれは宗教的エクスタシーは原始的社会のなかにしか存在しないと考えている。文明の進んだ社会にこそ頻繁に見られる現象なのに。ギリ…

ロラン・バルトのホモセクシュアリティをクローゼットから引き出し、はっきりと目に見えるものにすること

エクリチュールそのものにゲイ的なものを見いだすことは、どの程度可能であり、またどのような意味をもつのか。 『ロラン・バルトを表に引き出す』*1は、当初リチャード・ハワードによるバルトの遺稿集 Incidents 『偶景』の英訳版の序文として書かれた。し…